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3-2.悪役令嬢レティシア・ウォールトンの企み

「レ、レティシア……!」 

「ウォールトン公爵令嬢っ!」

「レティシア……!?」


 父ウォールトン公爵、周囲に控える護衛や侍従達、そして向かい合うフレデリックが一斉に上げた動揺の声にレティシアは我に返り、しまったーと温室の天井を仰いだままデザートフォークを握りしめた。

 レティシアの前にお皿をおいた侍従など、もう真っ青になってぶるぶる震えている。


(これ、いま、私が毒盛られたと思われてるよね……あまりに素晴らしいデザートに感銘を受けただけなのに。見合い開始数分でこれはまずい!)


 毒だなんてとんでもないことだ、素晴らしい歓迎の一品なのに。 

 さてどうしようと、レティシアは目の前のケーキの素晴らしさを反芻しながらしばし考えるのであった。

 こんな状況に陥ったのには訳がある。

 遡ること数分前、レティシアの手元に、葡萄色のケーキを乗せた皿がサーブされた。

 天使のようなフレデリックを見た衝撃に、ぼーっとしたままそれを口にしたレティシアは、口の中に広がった果実の香気と奥深い甘み、滑らかな舌触りのクリームに、これはっと目を見開いた。


(素晴らし過ぎる! このケーキ!)


 レティシアは前世、おいしいものが好きだった。

 料理研究家になれたらなと漠然と夢見つつ、近い仕事を目指し大学で管理栄養士の資格を取って、就職。

 総合病院の栄養管理スタッフとして働きながら、“見た目もおいしい療養食レシピ”を週一で作り、事務長に「病院の宣伝に!」と売り込んでスタッフブログに画像付きで連載していた。

 そしたら、入院患者の中にいた出版社の人から「レシピ本出しましょう!」と声をかけられた。

 まさかの夢への第一歩――と思ったら、死んだ。


(死ぬほど忙しくしていたら……あとは本が出来上がるのを待つばかりだったのに、なんてこったい)

 

 くぅぅっと、ケーキをきっかけに思い出された前世の悔しさに、呻いていまに至る。

 立場の弱い王子との、どう考えても政略の見合い。

 相手の公爵令嬢がケーキを口にした途端、くわっと目を剥むいて、呻いたら……その場にいる全員、なにを考えるか容易に想像がつくというものだ。


「……あ」


 心配する人々の視線が、レティシアの様子に集中している。

 しばし考えたけど、どうにもできない。これはもう、なんでもありませんでしたを貫こう!

 そう決めて、レティシアは姿勢を直した。


「あまりに素敵な一皿に感激しました! これは、ウォールトンの領地で栽培している赤葡萄ですよね? それにこの深い風味を持つ甘味は、私のお母様の故郷で作られている赤砂糖ではないですか?」


 とりあえず、すごく早口で言って誤魔化した。

 案の定、動揺していた面々は一様にぽかんと絶句している。


「ですよね?」


 間髪入れずレティシアはフレデリックに問いかけた。

 よし、このまま疑問を挟む余地なく強引に、楽しいお茶の会話へとなだれこもう。


「え、あ、ああ……うん。待たせていた間に、誰かが説明してくれた?」

「いいえ。特徴ある風味を持つ、馴染みあるものですから」


 にこにことレティシアは答えれば、フレデリックだけでなく父も周囲もほっと気を取り直したように、それぞれの立場相応の態度に戻った。ひとまずなんでもなく会話の流れに戻せたようだ。

 それにフレデリックに答えたのは本当のことだ。これでも舌には自信がある。きちんと味わえば他の材料もわかると思う。でも八歳の子供が王家専属の料理人が作ったものを前に、そんな料理漫画にでてくる怖い食通みたいなことするわけがない。


「そう。せっかくだからレティシアに喜んでもらえたらと思って……」


 内気そうに嬉しげな表情を見せたフレデリックに思わず、だぁんとテーブルに拳を振り下ろし、悶えるのをレティシアは必死に抑えた。それはもう必死に。


(挨拶の時といい天使がすぎるのでは。尊い……心のスクショ撮って保存したから、したからああっ!)


 大体見た目だけでなくすごくいい王子だ。周囲から厳しい目で見られているというのに、虚勢を張って偉ぶるようなこともなく、王子と思えないほど謙虚で親切で優しい。

 普段通りの言葉遣いでとレティシアに言った通りに気安い言葉遣いで接してくれている。

 レティシアが「名前で呼んでいただいて構いませんよ」と言えば、すんなりそうしてくれた。こんな天使に「ウォールトン公爵令嬢」と敬称で呼ばれるなんて恐れ多すぎる。


(呼び捨てでいいです私などと思ってだけれど、よく考えたらそれはそれで恐れ多いぃ……)


 しかし一度、そう言った以上取り消せない。落ち着こうとレティシアは静かにお茶を飲んだ。

 まだ子供なフレデリックとレティシアに合わせて、甘い香りの飲みやすいハーブティだ。

 少し場が和んだところで、父ウォールトン公爵は国王との約束の時間だと場を辞した。場に控えていた人々も最小限の護衛と侍従だけを残し、父の案内を申し出て一緒に去っていく。

 これはあれだ、「あとは若い人たちで」というやつだなとレティシアは考える。


(いや若過ぎでしょう、八歳の子供同士でもそれやるんだ……そこらで遊んできなさいでもなく、語らえと)


 後でまた迎えに来るという父を見送って、レティシアはフレデリックを見た。

 

(ああ、何度見ても……それにお父様がいなくなったら内気そうな感じが増したような。もしかしてがんばって王子らしく振る舞っていたのかな)


 そうか、きっと彼はわかっているのだ。

 だからお菓子にも気を配って……王子として立場を維持するには、レティシアとウォールトン公爵に気に入られなければならないと。


「……よかったら、この後温室を案内しようか?」

「はい、ぜひ」


 フレデリックの提案にレティシアがにこやかに応じれば、彼はうんと頷いた。本当に天使だ。

 緊張していたのだろう。色白の頬が心なし淡く色づいて、青い瞳が少し潤んでもいる。

 少し気が緩んだのか水を飲んでほっとしたように息を吐いて……フレデリックの様子を眺めていたレティシアは、そこで少し引っかかった。

 

(水? ため息?)


 そういえば、彼はお菓子に手をつけようとしていない。

 もしかしてと、レティシアは席から立ち上がった。

 

「え、えっともうお茶はいいの……?」


 まだ最初の一杯も済んでいない。しかしレティシアは黙って彼に近づき手を伸ばした。

 その瞬間、護衛がぴくりと身構える。当然だ、王族の体に許可なく触れるのは失礼どころの話ではない。

 けれど、レティシアの行動を見極めようとすぐには動かない。きちんとした護衛だ、精鋭揃いの公爵家の騎士達と比べても遜色ない。やはりフレデリックは見捨てられた王子ではないのだとレティシアはあらためて思う。


「レティシ……っ!」

「やっぱり」


 レティシアに額に触れられ、ぎゅっと目をつぶったフレデリックに彼女は低くつぶやいた。

 続けて護衛と侍従へ視線を向けた彼女は無自覚だったが、ウォールトン公爵を彷彿とさせる、静かに人を威圧する眼差しになっていた。護衛が再びびくりと反応してしかし姿勢を正す。


「あなた方は、見て見ぬふりをしていたのですか?」


 仕える王子の体調をと、レティシアは心の中で付け加える。

 王族の体調は安易に口にすべきことではない。まして虚弱さで非難を浴びている王子ならなおさらだ。

 レティシアの言葉の意味を、誰よりも素早く悟ってフレデリックが声を上げた。


「違うんだ! 彼らは止めた」

「でしたら、理由をつけて延期することも出来たはずですよね?」

「そんなこと……多忙なウォールトン公とその一人娘を呼びつけて」


 なんということだ、とレティシアは天に嘆きたくなった。

 王家が持ちかけた席とはいえ、そんなこと全然まったく問題ないことなのに!


(もしかして、以前の(レティシア)と同じく、フレデリックも覚悟ガンギマリ王子なの……!?)


 どう考えても屈辱だと思うのだ、王子が格下の公爵家の後ろ盾を得るためその娘と見合いだなんて。

 それなのに……そんな言葉が出るなんて、まだ八歳なのに。

 子供は子供らしくあっていいのに、この世界の貴族の子供が不憫すぎる!

 

(ああああ、もううううう……天使な上に、まだ八歳でこの王族の責任感!)


 見た目は同い年のレティシアだけど中身はアラサーの大人として、こんなの放っておけない。

 しかしお部屋に戻りましょうと言いかけて、かつて覚悟ガンギマリ幼女だった記憶がそれを止めた。

 父親が戻ってくるまでがこのお茶会の予定。

 早々に切り上げて部屋に戻ったとなれば、人がなにを思いどう噂するかわからない。


(もー貴族面倒くさい……。どうしようかな。温室は暖かいし、私が我儘を言ったことにしてせめて休める場所を作ってもらう?)


 それがいいかもしれない。

 どうせ未来は悪役令嬢なのだから、いまから多少それらしく振る舞ったところで原作に支障はないだろう。

 そうと決まればと、レティシアはツンと斜めに顎先を上げ、青い顔した侍従を睨み上げた。


「そこの侍従、眠くなったから横になれる寝椅子(カウチ)かなにか持ってきなさい!」


 王子の意向も聞かずして、勝手に王家に仕える侍従に命令するなんていかにも悪役令嬢ぽい。

 そう思ったのに、命令が唐突すぎたのだろうか。

 侍従だけでなく、護衛も、フレデリックまでもが、まだ小さな体で居丈高に腕を組んだレティシアに困惑していた。ちょっと気まずい。

 しかし、だからといって怯むわけにはいかない。


「早くなさい!」


 これ結構楽しいかも。

 普通こんな偉そうなこと、公爵令嬢だからって出来るわけがない。

 でも体面を取り繕うための役なら遠慮はいらなかった。

 侍従も意図を飲み込んでくれたらしい、直ちにと駆けていった。意図を飲み込んでくれた時点で悪役にはなっていないのだが、その時はそんなことには気が回っていなかった。

 熱が上がってきたのかもしれない。

 ぼうっとした眼差しでフレデリックがレティシアを見つめている。


「お父様が迎えにくるまで、お昼寝しましょう」


 そう言って。

 ふふんっ、とレティシアは悪戯っぽくフレデリックに微笑んだ。

 その後、本当にレティシアも温室の心地よさに眠ってしまい、心配で様子を見に父ウォールトン公と共にやってきた王妃の前で醜態を晒す事態となって、お見合いは終わった。

 大人になってから考えれば、考えるほど、なぜあのお見合いで話がまとまってしまったのか。

 レティシアにはさっぱりわからないのだった。


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