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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
第三楽章 つなぐ想いと魂のコンチェルト
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決着、そして

「どかないならば、おまえごと撃つ」

 それはシンジの最後通牒だった。

「やめて!」

 思わずユメコは前に出ようとした。けれど雅紀の大きな体躯が視界を阻む。

「ぜったい……ぜったいダメだ!」

 雅紀にとって、自分に真っ直ぐ向けられた黒い筒が何であるまで完全に理解できていなかったかもしれない。

 だが、対峙しているシンジの超常的な力と狂気は、子ども返りした心であってもはっきりと感じ取れていたであろう。恐怖のあまり打ち震えながら、けれど彼は頑然と立ち塞がり、一歩も動こうとしなかった。

 シンジの眼が細められる。

「ならば死ね」

 無常にも言い放ち、引き金にかけた指に力を込める――。

「よせ!」

 誰かの叫び声と同時に、ガァンと凄まじい音が響き渡った。

 予想外の衝撃音の激しさに、ユメコが短く悲鳴をあげる。

「……雅紀さん!」

 けれど、雅紀はきょとんとして立っていた。その体に弾痕はない。

 シンジに駆け寄った相澤がその利き手を掴み、ねじりあげた。

 実年齢は幾つであるのか計り知れないほどであるが、体は少年の背と筋力である。シンジはすぐに取り押さえられた。

 拳銃は、すでに少年の手になかった。かなり離れた場所に落ちている。

「冗談じゃない状況だった」

 シンジを片腕で拘束しながら相澤がつぶやき、次いで顔をあげた。

「さすが刑事、正確な狙いだったな」

 そう言って視線を向けたのは、小宮だ。

 ようやくみなが気づき、驚きに目を見張る――シンジの拳銃をあわやというところで弾き飛ばしたのは、小宮の撃った銃弾だったのだ。

 だが一番驚いていたのは、それを成し遂げた小宮だろう。

「は、はは、ハ、ハハ。あ、あああ、当たった……」

 呆然としていた小宮がようやく我に返り、胸を張った。

「刑事さん、ありがとうございます! すごいです、おかげであたしたち助かりました」

 ユメコからの賞賛の眼差しに、ますます胸を張る小宮だったが――。

「おじさんすごいっ!!」

「お……おじさん……」

 雅紀が興奮に勢い良くこぶしを振り上げ、そう叫んだのを聞き、小宮はがっくりとうなだれたのであった。



「さすがは相澤一族ってわけか。運が強いのだけが取り得とみえる」

 シンジとマモル、そして屋敷内に残っていた配下の者たちは全員拘束され、ふたりの刑事によって見張られていた。

「父が敗れたときもそうだった。面と向かって戦わず、体に負担をかけすぎた父が呪法を御しきれなくなってしまったのだからね」

「運の良さも実力のうちさ」

 シンジの嫌味を聞き流しながら、相澤は押収したモバイルパソコンを操作していた。

 ビルの下層からこの屋上までは、関係者以外に閉ざされていたエレベータで昇り降りをする仕掛けだという。そのロックとセキュリティの解除指令を出しているのだ。

 横から相澤の手元を覗き込んでいたユメコだったが、さっぱり理解できないので視線を動かし、周囲の様子を沈んだ面持ちで眺め渡していた。

 常闇に沈んでいた屋敷は今、煌々と明かりが灯されている。

 寝殿造りと現代の家屋が一緒になったような、風変わりではあったが、繊細でありながらも美しい建造物だ。これだけ吹き飛ばされたり壊されたりしていなければ、中庭も(おもむき)あふれる見事な造りだったであろう。

 ――これだけのものを秘密裏に造れるなんて、すごい財力なんだ。掛け軸も金箔も、ぜんぶ本物なんだろうな。

 ユメコは妙なことに感心していた。相澤の父である、相澤一志の家を訪れたときも――。

 そこまで考えて、ユメコは弾かれたように顔を戻した。

 相澤の腕を掴む。

「し、ショウっ!」

「ん? どうしたユメコ」

 ユメコ必死の表情に、相澤が手元から視線を外した。自分の腕にかけられた少女の震える手を、あいているほうの手で包み込む。

「ショウのおとうさんが大変なんです! 撃たれたって聞きました。病院はどこだか聞いてませんけれど、ショウ、お願い! すぐに行かないと!」

 話しているうちに涙を浮かべるユメコに、けれど相澤は微笑んだ。

 安心させるかのように、ユメコの瞳を覗きこみながらゆっくりと口を開く。

「ユメコ、それに関しては心配な――」

「その通りだ! 相澤家の現当主は、すでに死んでいる頃だろうね。でも君は考えなかったのかい? その撃った当人が、誰なのかをさ」

 答えかけていた相澤の言葉にシンジが割って入り、得意げな顔でくすくすと笑った。

 ひとしきり笑ったあと、シンジは首をひねるように動かした。雅紀のほうへ。

「一度精神が崩れた人間っていうのは、実に暗示にかけやすい。言ったとおりに、自分の育ての親をあっさりと殺してしまえるんだからね」

「え、ぼ、僕がっ!?」

「まさか、そのために雅紀さんを病院から連れ出したというの!」

 ユメコはシンジに向けて叫んだ。

 その横では、雅紀がぶんぶんと力いっぱい首を横に振っている。

「僕、なにもしてないよ。手に持たされたもの、気持ち悪いばっかりでなにに使うのかよくわからなかったし。なにもしなかったのにすごい音がして、ずっと向こうで誰かが倒れて……ぐすっ」

「……どういうことですか?」

 雅紀が嘘をついているようにも思えなくて、ユメコは相澤の顔を振り仰いだ。

 相澤は微笑したまま、手元のモバイルの画面を閉じた。もう処理は済んだようだ。

「待たせてすまなかったな、ユメコ」

「ショウ、あの――」

「心配しなくていい、ユメコ。親父は無事だ」

「え、ほ、ほんとですか!」

「そいつも――」

 と言葉を続けながら、相澤は雅紀を顎でしゃくった。

「撃っていないぜ。俺たちが巧妙に仕掛けた芝居だったのさ」

 嬉しそうに笑う雅紀と、ぽかんとした表情のユメコ。

「小宮に電話をかけたとき、俺の携帯に電話してきたのは、相澤だったんだよ」

 そう言ったのは、逢坂刑事だ。

「まさか、そのタイミングで嬢ちゃんがさらわれているとは思いもしなかったがな」

 逢坂刑事のあとに、相澤が言葉を続ける。

「俺は生還してすぐ、対策と講じようとしていろいろ動いていたんだ。そこにのびているマモルが、相澤の血を根絶やしにすると宣言し、俺を殺した――まあ、この通り死んでいないけどな――あと、父の一志が次に狙われるのは明白だった」

「だが狙った相手は、あの相澤コンツェルンの総括だ。おいそれと簡単に暗殺ってわけにはいかねぇ」

 逢坂刑事が口を挟み、相澤は頷いた。

「だからプライベートな時間を狙ったんだ。身内である雅紀なら、認証セキュリティにも止められない。身内の事情までは知らされていなかった門の警備員たちに阻まれることもない」

「けど、危ないところだったらしい。あとほんの五分でも相澤が駆けつけるのが遅れていたら、本当に殺されちまっただろうぜ。本庁では本当に大騒ぎだったんだがね」

「報道やら警察やら、そっちには本来そうなっていたはずの情報を流しておいたさ。疑われるわけにはいかないからな」

「警察内部にも、東雲の影が浸透しちまってるからな。情けない話だが」

 逢坂刑事が吐き捨てるように言う。

「そうだな」

 相澤は、ふぅ、と息を吐き、改めてユメコに向き直った。

「そのせいでユメコに怖い思いをさせて、すまなかった。おまえの誘拐は必ず阻止するつもりだったんだが……後手に回ってしまい、危うく――」

 言葉を切った相澤は、一瞬、奥歯を噛みしめて眼を伏せた。

 そして次の瞬間、ユメコを思いきり抱きしめたのである。

「し、ショウ……だいじょうぶ、あたしは、だいじょうぶだから」

 苦しいほどの抱擁に、ユメコは相澤の気持ちをしみじみと感じた。

 嬉しさと温かさのあまり、涙がこみあげそうになるのを(こら)えながら……ユメコは相澤の背中を手でさすり、優しく言い聞かせるように「だいじょうぶ」を繰り返した。

「フン――どうせ僕たちを、警察も長く拘留できない。僕は必ず、おまえら相澤の血を滅ぼす。諦めないつもりだよ」

 ゾッとするほど冷ややかな声で、シンジが言った。

 耳に届いた相澤が、無言で顔をあげる。その顔を目にした雅紀が思わず後じさりしたほどの怒りがそこにあった。

 ユメコは相澤の腕を引いて注意をうながし、ちいさな声で訊いた。

「ショウ、教えて欲しいの。あたしの力を、いま教えて」

 一歩シンジに向けて歩みだしていた相澤は足を止め、愛する少女を凝視した。

 怒りに我を忘れかけていた相澤だったが、ユメコのただならぬ表情を見て、すぐに自分を取り戻したようだ。

「ユメコの力は――」

 その言葉の続きを聞いたユメコは、深く何度も頷いた。

 頷いたあと、背の高い相澤を見上げるようにして、囁くように言った。

「まかせてほしいの。お願い、ショウ」

 思わず言い返そうとした相澤が、継ぐ言葉を呑み込む。その表情に何事かを察したのだ。

 相澤が無言で体の位置を変え、彼女の肩を抱くようにして歩き出す。

 ユメコと相澤は、刑事たちに見張られているシンジのもとへ、ゆっくりと歩み寄った――。




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