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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
第三楽章 つなぐ想いと魂のコンチェルト
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真実の行方

 ――屋敷の中は、どこまで進んでも闇に沈んでいた。

 真新しい材木を使って建てられていると誰かが言っていた。けれど、とても古い匂いで満たされているような、嫌な感じがする。

 閉じ込められていた広い部屋。その隅にはいつも闇があり、なにか得体の知れないモノが動いているようで……落ち着かなかった。

 『彼』はこの場所が嫌いだった。怖かった。いつも彼が過ごしていた場所は、とてもきれいで光にあふれていた。

 夜は怖い、闇は怖い、白い影はもっと怖い……。

 震える瞳で周囲を窺い、彼の体重のせいでギシリ、ギシリと一歩ごとに鳴る床にひやひやしながら、廊下を進んでいく。

 周囲は気味の悪いほど静まり返っていた。

「ひどいひとたち、どこいったんだろ。僕……かえりたいのに」

 思わず洩れた自分の声に、目の端に涙の粒が生じ、ぷっくりと膨らんでしまう。

 ここがどこなのか。何のためにここに居なければならないのか――彼にはよくわからなかった。

「かえりたい」

 もう一度、繰り返した。

 数日前に、黒い服を着た知らないおとなたちがいっぱい来て、ものすごい力でここまで連れてこられたのだ。

 ガタガタ動く狭いところに閉じ込められて、やっと外に出してもらえたと思ったら、手に何かとても重たい、硬くて黒いものを持たされた。そのときのことはあまり覚えていないけれど――いや、とてもよく見知ったひとが目の前に立っていた気がする。何かたくさん話しかけられて、すごい音がした。

 次に目を開くと、ひとりぼっちで閉じ込められていた。鍵のかかった部屋の出口は、全身でぶつかるとあっけなく壊れた。

「あとで怒られるかもしれない……はやくかえろ。でも、どっちだろ……」

 部屋の外に出た彼は、それからずっと屋敷内を彷徨っていたのだ。時間にしてどのくらいなのか、彼にはよくわからなかった。

 その屋敷は誰かの家のようなのに、普通はあるべきはずの玄関がなかった。

 どこから外へ出たらいいものやら、途方に暮れてしまう。

「おねえちゃん、おにいちゃん……ナツミちゃん」

 遊びに来てくれる友だちの顔を思い浮かべ、次いで自分の暮らしていた明るい部屋を脳裏に描く。居心地のよい自分の居場所。

 がんばろう、という元気がわいてくる気がした。

「なんとしても、かえらなきゃ……ん?」

 遠くから爆音のような音が響いてくる。庭で散歩をしているときにナツミちゃんが空を見上げ、指差して教えてくれたものとよく似た音だ。

 確かヘリコプターとかいう名前だ。乗り物なのだから、誰かがいるはず。

 相澤雅紀(まさき)は音が大きく聞こえてくるほうへ向かって、夢中で駆け出した。



「ショウ!」

 相澤の危機を感じ取り、ユメコは隠れていた木の影から走り出ていた。

 無我夢中で、彼に向けて走る。突きつけられているのは、短刀だ。

「だめ、ショウ……!」

 だが、その眼前に立ちはだかった者がいた。

「行かせないよ、ユメコさん」

 シンジだ。

 その瞳に浮かぶ、狂気のような尋常ならざる光。苦しげな呼吸を繰り返しながら、自分の心臓を押さえつけていた。

 思わずユメコが一歩下がる。

 手には拳銃が握られていたのだ。相澤との一騎打ちで、マモルが取り落としたものだろう。

「もうやめて!」

 ユメコは首を横に振りながら必死に声をあげた。

「あたしには、あなたを殺すような力はないわ。過去に縛られているのはあなただけ。こんなこと、おかしいよ!」

 その言葉に、シンジは苦笑した。さも可笑(おか)しそうに。

「そう、今のままでは無理だろうね。君はきっと、優しすぎるんだ。でもその半端さが、僕を苦しめている」

「……え?」

「そんな半端な力で、僕の心臓をちょこちょこ止めてくれちゃってさ。苦しいったらありゃしない」

 ユメコが目を見開く。

「だから力いっぱい僕を否定してもらわなくっちゃ。僕に抱かれるのは嫌なんだろう? だったら……」

 シンジはうっそりと微笑んだ。

 ユメコは視線を左右に走らせ、(のが)れる隙を探した。

「だったら、この僕を完全に否定して、きちんと葬ってくれなくちゃ。君みたいな力、この先に誰が発現させられるのかわからないんだ。だったら君が、決着をつけていってくれないと困るのさ」

「なんの話を……しているの?」

「僕は千年以上、待っていた」

「あたしに力なんてありません」

「どのみち君に選んでもらおうとは、思っていない。僕が選択する」

「どいて……! ショウ、ショウは?」

 ユメコはシンジの背後に意識を向けた。

 ひとり、黒い影が倒れ伏している。立っているほうは、見慣れた長身のほうだ。

 ――よかった、ショウは無事でいてくれた。

 ひやひやしたが、結果的に相澤はマモルを言葉どおり止めてくれたのだ。

 相澤が生きていることにホッと安堵したユメコだったが、シンジの言葉で再びゾッとすることになった。

「いい考えがあるんだ」

 シンジは言った。無邪気そうな顔を歪め、銃を握る腕をゆっくりと(もた)げながら。

「僕を心の底から否定してもらうために、ユメコさん、君の胸を撃ち抜くことにするよ。心臓からちょっとだけずらして、即死しないようにして――ね、いい考えだろ」

 ユメコは開いた口が塞がらなかった。のどがひりつく。悲鳴もあげられない。

 シンジの指が引き金(トリガー)にかかった。

「僕を憎悪しろ。この世界には()み飽きた……!」

 指が動いた、その刹那。

 音ならぬ音が、空間を鋭く切り裂いた。張りつめてすぎておのずと断ち切れる弦のように。

「おねえちゃん!」

 低い声が高く響き、その瞬間ユメコの目の前が真っ暗になった。

 いや、誰か別の体がぶつかってきたのだ。弾道が逸れ、その誰かの腕を掠め過ぎる。

「ま……雅紀さん?」

 相手の顔を見て、ユメコは驚いた。

 シンジとの間に飛び込んでユメコを救ったのは、病院から姿を消したはずの雅紀だったのだ。

「おまえ……!」

「いったいどこから」

 愕然と言葉を吐くシンジと、驚きと安堵の入り混じった刑事の声が、奇妙な二重奏になる。小宮は銃を構えたまま、逢坂刑事は頭部を押さえながら起き上がったところだ。

「そこをどけ。愚かな(コマ)の分際で」

 シンジが銃口を雅紀に向ける。

 左腕から血を流している雅紀だが、傷には頓着せず、シンジに憤然と向き直った。背が高く体が大きいので、背後にかばわれているユメコの姿は、完全にシンジの視界から隠された。

「おねえちゃんを、いじめるな!」

 銃口を向けられても、雅紀は一歩も引かなかった。




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