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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
第三楽章 つなぐ想いと魂のコンチェルト
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刑事の覚悟

「ユメコさぁぁぁあん!」

「け、刑事さん!?」

 目をいっぱいに開いたユメコは、真上を振り仰いで声をあげた。

 仰け反ってしまった彼女が狭い通路から落ちてしまわないよう、相澤がユメコの華奢な腰に腕をまわし、しっかりと抱き支える。

 その途端、上から動揺したような声が降ってきた。

「ああぁぁあ、そんなにぴたり寄り添って……うう」

「ばっかやろ! しっかり運転しろいッ!」

 聞き覚えのある怒鳴り声まで響いてきたので、ユメコはさらに仰天した。

「刑事さんふたりとも、あれに乗ってるんですか!」

「まぁな」

 あれ、とはヘリコプターのことだ。サーチライトも点けず、巨大な金属の塊がまるでダンスでもするかのように踊りながら浮いている。

 夜闇のなか判別しにくかったが、旋回するように機体が傾いたとき、側面に赤の縦ラインが見えた。たぶんこれが昼間なら、警察のシンボルである旭日章きょくじつしょうが判別できるだろう。

 ユメコは呆気にとられた。

「あれってまさか……警察のヘリコプター? あんなもの、どこで」

「急いでたからな。ベル206だ。まあ警視庁の刑事ふたりがいるから問題ないだろ」

 こともなげに相澤が言った。

 ヘリの窓から手を振っているのは、見間違いようもなく逢坂刑事だ。小宮は操縦桿を握っているので、手を振る余裕はない。

「おおぉ~い、嬢ちゃん! 無事で良かった。それにしても小宮がこんなモン運転できるなんて知らなかったが」

「運転というか、操縦ですよね」

 思わず小声でつっこんだユメコだが、気が気ではない。なんだか飛び方が危なっかしいのだ。

「は、ハハハはは。ヘリの飛行訓練のシミュレーションソフトをやり込んでて良かったです」

「な――」

 逢坂刑事が上擦った声をあげ、絶句した。少々のことでは動じない印象があるだけに、これはかなり希少な光景だったのではないだろうか。

「――小宮おまえッ!? 運転できるかって訊いたら、ハイたぶん、なんて答えやがるから免許メンキョもってんのかと思ったんだぞ! ……まあいい。先輩やら上司ってやつは、責任を取るためにいるんだこんちきしょう! よーし思いっきりやれ小宮!」

「え。ハ、は、はははハイ!」

 上空でのそんな遣り取りに、ユメコはハラハラしながらも思わず吹き出してしまった。

「あ、先輩といえば」

 ユメコはハッとして相澤の顔を見つめた。

「あたしのこと助けてくれたの。うさぎだったし、恵美(めぐみ)先輩ですよね?」

 今思えば納得がいく。あの輝きは、相澤に託され、その力で強められていたからこそだろう。ユメコの救出のために、相澤自身が到着するよりも早く駆けつけてくれたのだ。

「ああ。先に行ってもらったんだ。ほら、なんせあの操縦だろう? 間に合わないかと、焦った」

 その言葉は相澤の本音だ。

 ユメコの頬をいとおしそうになでさすりながら、切ない痛みに耐えているような表情になっている。

「ショウ……」

「それよりユメコ」

「はい?」

「その着物……。俺様以外の男の前で、そんな格好でいるのは許せないぞ」

 相澤が眉を寄せ、怖い顔をした。

「は、はい。え?」

 反射的に返事をしたユメコは、自分の服を見下ろし……途端に「キャアァッ」と今更ながらの悲鳴をあげた。

 慌てて両腕を自分に回し、ふっくらと膨らんだ胸を懸命に覆い隠す。危ないところだった。

 着物は(きわ)どいところまでずり落ちていた。さらに太ももまでもが白く闇夜に目立っている。

 ――あわわわ、さっきまでの危機で仕方なかったとはいえ、露出しまくってたなんて。ユメコの頬は、火を噴くのではないかと思うくらいに熱くなってしまった。

 遠慮はしない相澤が、真っ赤になったユメコの顔と隠しきれなかった肌のなめらかさを堪能しながら手を動かした。片腕はユメコの体を支えているので、片手のみを使って器用に前を合わせ、手早く着物を整えたのだ。

「す、好きでやったんじゃありません」

「わかっているさ」

 真面目な顔になり、相澤はユメコと真っ直ぐに視線を合わせた。

「怖い思いをさせて、すまなかったな」

「……うん」

 外壁の外、細い足場しかない通路だが、相澤は揺るぎなく立っていた。取り戻した大切な少女を、しっかりと腕に抱きしめる。

 その頃、上空では危なっかしげなヘリが旋回するように円を描き、ビルの屋上にあるこの屋敷へ降りてこようとしていた。



「お、おいおいおいおい。まさか……降ろす方法を知らないんじゃないだろうな!」

「だいじょうぶか自分でもわかりません! でも何とかしますよ! しっかり掴まっててください、センパイ!」

 雄々しく叫ぶ小宮。ヘリは降下を開始した。

 ヒヤリとするほどの速度で、塀の向こうへと消える。屋敷の中庭に落ち――いや、着陸したらしい。

 ひあぁああ、という悲鳴が誰のものだったのか――ユメコは黙っておくことにした。

「さあ、いくぞ!」

 相澤はユメコの体を横抱きにして、跳躍した。細い足場から一気に外壁の上へ出る。

 着地した途端に、足元がビシリと音を立てて弾け飛んだ。

 待ち構えていたマモルだ。庭の中途に立ち、長い銃口をこちらに向けている。サイレンサーとかいう装置がついているのだろう。

 その背後には、発作でも起こしたのか、苦しげな呼吸をして地面にうずくまるシンジの姿があった。

「まさか貴様(キサマ)、生きていたとはな……」

 マモルは相澤の無事な姿を目にして、忌々しげに舌打ちした。

「あいにくだったな」

 相澤が不敵に笑う。

「ならばここで今、確実に殺してやる」

「ハッ、冗談!」

 相澤はユメコを抱えたまま、素早く身をひるがえした。

 地面には降りたが、移動するふたり背後にあった壁が次々と穿(うが)たれ、破片が散る。

「やめろ、警察だ!」

 マモルたちのさらに後ろから大声が響いた。

 小宮が拳銃を構えている。お決まりの台詞に、片膝を落とし、腕を真っ直ぐに伸ばした基本姿勢。

 ヘリはその背後にあり、青い機体を作り物の中庭で休めていた。回転翼(ローター)はまだ停止しきっていない。

 屋上も屋敷もヘリもとりあえずは無事だが、着陸の際に凄まじい風と衝撃が吹きぬけたのであろう。美しく整えられていた庭はめちゃくちゃになっている。

「どうして邪魔ばっかり……今回は入るんだろうね」

 シンジがつぶやくように言った。着物の胸元をギリリと握りしめたまま、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。




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