思わぬ出会い
ユメコは悩んでいた。最近、相澤の様子がおかしいからだ。
さっき改札から出たときもそうだったが、話しかけていても上の空で聞いているらしい様子が見受けられることが多いのである。ひとりで何かを抱えこんでいるのか、迷っているのか……いつも自信たっぷりで裏表のない彼にしては珍しいことだ。
隣で足をもてあまし気味に歩いている相澤を見上げ、ユメコは思い切って訊いてみた。
「ショウ、何かあたしに話したいことが……あの、あるんじゃないですか?」
相澤はいつものように笑ったまま、ゆっくりとユメコを見た。
「ん? どうしてそう思う」
ごく自然に訊き返されてしまい、ユメコは足元に視線を落とした。
「えっと……なんだか、そんな気がしただけです」
相澤がため息をついたような気がして、ユメコは顔を上げた。だが、いつもの自信たっぷりな笑顔に突き当たってしまう。思惑が外れ、思わず眉根が下がってしまったユメコに、相澤は身をかがめて言った。
「たまには家の中ばかりではなく、久しぶりにユメコとデートがしたかったのさ。パソコンは口実なんだ」
「えぇっ! そうなんですかっ」
思わずユメコは声をあげたが、パソコンが壊れてしまったこともまた事実だと気づく。またしてもはぐらかされてしまったんだ、と思い至ったユメコは頬をふくらませた。歩いていた足が緩み、立ち止まってしまう。
相澤は数歩を戻り、ユメコの手を握り、自分の手と繋いだ。ユメコの気持ちに気づいているのかいないのか、目元に優しげな表情を浮かべながら、口元だけはからかうようにニヤリと笑わせて言った。
「ははァ――さては早くも疲れたか、ユメコ。俺様が抱いてやろうか?」
「こんな街中で抱っこは禁止ですよ、ショウ!」
「つまり、街中でなければオーケーだということだな」
かぁっと赤くなるユメコに、「今さらだぞ」と意地の悪そうな口調で相澤が笑う。
もはや、会話は完全に別方向に逸らされているのであった。
「もぉっ、いいです!」
憤然と言い放って、ユメコは顔をぷいと横に向けた。その視線が、雑踏のなか、前から歩いてきた他人と偶然のタイミングで繋がる――。
「……え、うわっ!」
眼が合った相手が短く叫び、硬直したように動きを止めた。その反応にユメコのほうも驚いてしまう。
まじまじと見つめてくるその相手に改めて視線を向け、ユメコは「あ」と声をあげた。
「――刑事さん!」
手に持っていた紙袋を慌てたように体の後ろに回した相手は、小宮という名の刑事であった。いつもの背広とは違う、ラフなパーカーとジーンズ姿だったので、すぐに気づけなかったのだ。
「あ、ゆ、ゆゆ、ユメコさん。きき、奇遇ですね!」
突然の遭遇に驚いたのか心臓がある胸を押さえつつ、小宮がぎこちない口調で挨拶をした。
「刑事さん、こんにちは。入院中、お見舞いに来てくださって、ありがとうございました」
ユメコは体の前で手を揃え、小宮に向かって丁寧に頭を下げた。
「……お見舞い?」
相澤が、口の端を少々歪めて不機嫌そうな声を出した。毎日ユメコの病室に通っていた彼が、知らなかった事実を今聞かされたといわんばかりの不服そうな口調だった。
「そうか……いつぞや俺が出ている間に刑事さんがお見舞いに来たと言っていたのは、逢坂刑事ではなかったということか」
「どうしたの、ショウ? なんだか怖い顔してる。だってあのとき戻ってきたショウにそう言ったら、終わりまで聞かなかったじゃないですか。すぐに――」
ユメコは言葉を切った。頬がほんのりと熱くなってしまう。病室が殺風景だと言った相澤が部屋を出て行き、花束を抱えて戻ってきたときのことを思い出したのである。
「見舞いに来てくれていたとは知らなかった。ありがとう。それで……今日は非番なのか?」
相澤が挑むような微笑を顔に張り付かせ、小宮に向かって話しかけていた。
「はい。今日は休みなんです」
気圧されながらも、小宮は返事をした。照れ隠しなのか焦っているのか、聞かれてもいないことまでぺらぺらと話しはじめる。
「逢坂刑事も珍しく休暇を取ったんですよ。このところ働き詰めで奥さんが機嫌が良くないとかいうことらしくて。忙しいという口実ばかりで、奥さんのことをほったらかしにしているとか言われて、喧嘩になったらしいですよ」
というより、逢坂刑事の身内話を暴露したかっただけなのかもしれない。
「だから今日は奥さんを連れて出掛けているみたいです。美味しい店とかいろいろ訊かれましたから」
「ほう、それは意外な一面だな」
相澤は興味を惹かれたようにニヤリと笑った。ほっとしたように小宮が息を吐き、急に話題を変えた。
「そういえば、おふたりはこんなところへ何をしに来られたんです?」
「事務所のパソコンが壊れたんだ。それで新しく買いにここまで来たんだが、自作とか詳しくなくてな。どこへ行こうか迷っていたところさ」
「前に使っていたパソコンが自作のすごいものだったので、できれば負けないくらいの性能のものを見つけたいんです」
相澤が答え、ユメコが言葉を足した。
「なるほど……自作ですか」
小宮は考え深げにあごに手を当て、すこし考え込んでから、口を開いた。
「どうでしょう、僕でよければお手伝いしますよ。自作パソコンを組むのでしたら、むしろ僕に任せてくださいっ!」
「うわぁっ、ほんとですか!」
ユメコは嬉しそうな声をあげ、胸の前で手をぱんと打ち合わせた。いつの間にか相澤とつないでいた手が離れている。
「僕のほうの買い物は終わりましたし、暇ですから」
笑み崩れる小宮を見上げて、ユメコは感謝の面差しでにっこり笑った。
「そうだなァ……では、頼むとしようか」
頷く相澤の表情が、なぜかまたちょっぴり険しいものになっているのであった。




