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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
7 第5変奏 夢と翔のクリスマス賛歌(キャロル)
39/77

今は届かない心

 相澤は携帯端末(スマホ)に何やら打ち込み、それをユメコに渡した。

 手渡されたユメコは、メモ機能を使って書かれたものに視線を走らせ、顔を上げた。

「事故に()ったり、発作を起こした覚えはあります?」

『わからない』

「何かするべきことがあってここにいる……?」

 ペンが一瞬、止まった。震えるようにノートの上で小刻みに彷徨さまよう。

 そして、ゆっくりと綴った。

『誰かに、何かを伝えなくちゃならないんだ――でも、思い出せなくて。ここにたどり着いたんだけど、なんだか毎日が楽しくてね。……つい、居ついてしまったんだ』

「もしかしてあの先生が好きなのね?」

 コンッ。

 ペンが、落ちた。

 ポカンとするユメコの目の前で、すぐにまた浮いてノートの上の位置に戻る。

 ――もしかして今、慌ててた?

 相澤が立ち上がった。

「今日はもう帰ろう、ユメコ」

「あ、はい」

 相澤の言葉に、ユメコも立ち上がった。

 そして、ノートとペンに向かって、ぺこりと頭を下げる。

「ありがとうざいました。また――来ますね」

 ペンがすっと走り、ふわふわ揺れた。

『またね』



「幽霊の恋かぁ……」

 ユメコは相澤と並んで、夕方の街を歩いていた。

 冬の、うっすらと霞がかかったような空も、オレンジ色に染め上げられていて、きれいだった。

「吸い込まれそうな空だね」

 歩調を緩め、ユメコは空を見上げた。

 相澤は、そんなユメコの瞳に映りこむ空の色を見ていた。

「なぁ、ユメコ……。もうすぐクリスマスだが、何か欲しいものとか、ないか?」

「え?」

 ユメコは空から視線をずらして声のほうに移動させると、相澤と目が合ったので慌てた。

「――いえっ、そんな。今でもすごく良くしてもらっているのに」

 手をぱたぱたと振って答えるユメコに、相澤は口を引き結んだまま、少し目を細めて視線を逸らした。

 ――あれ? 何か悪いこと言ったのかな……。

 いつもと少し違う相澤の態度に、ユメコの心臓がトクンと鳴った。

「……ショウ……?」

「さて、帰ろうか、ユメコ」

 次に振り返った相澤は、いつもの自信に溢れた微笑みに戻っていた。

 街は十二月、もうとっくにクリスマスのイルミネーションも始まっている。だが、ユメコには、もうすぐセンター試験が待っているのだ。

 仕事以外は、帰って勉強の毎日だった。

 駅から自宅へ向かう電車のなか、ふたりは立ったまま扉の窓から並んで流れゆく街を見ていた。

 時折ガタンと揺れるので、ユメコの肩を相澤が支えている。

 夕陽のなかにきらきら光る街中の輝きを見ていたユメコは、そっと呟いた。

「来年は、一緒にクリスマスの街に出かけられるのかな」

 小さなつぶやきだったが、相澤には聞こえたようだ。

「もちろんさ」

 ユメコは、そっと相澤の胸に寄りかかった。

 相澤は目を閉じて微笑み、そしてゆっくりと目を開き、ユメコと同じ窓の外の光景を眺めた。



 次の日、ユメコは友人のところに行く用事があるといって、高校から帰って出掛けていった。

 相澤はその間、警視庁に行き、逢坂(おうさか)刑事と会っていた。

「調べ物はこちらが便利だな」

 ニヤリと笑う相澤に、「ここは資料館ではないぞ」と逢坂刑事が渋面になる。

「まあ、いい。また心霊がらみか?」

「そんなところだ。気になるところもあるがな」

「どんなことだ……?」

「死んだ霊じゃない」

 相澤の言葉に、逢坂が目を見張り、次いで眉を寄せた。

「死んだから霊なんじゃないのか?」

「この世の中には死んでいない霊もいるんだぜ。――生霊いきりょうという、な」

「死亡の記録じゃ出てきそうもないのか。どうやって調べるつもりだ」

「まず依頼主の周辺だが、これはすでに調べた。今日は裏づけが欲しいんだ。ここなら当時の詳しい記録も残っていると思ってな」

「――事故、か?」

「ああ」

「いいぜ、協力しよう。そのあとで、こっちの事件も何件か頼みたい」

「ちゃっかりしてるな」

 苦笑してみせる相澤に、

「お互い様だろう」

 逢坂刑事はため息をつき、言葉を続けた。

「こちらも、早く仕事を片付けて――クリスマスくらいは妻と子どもと一緒に過ごしたくてな」

 ふたりの男は目を合わせ、同じように口の端を引き上げて笑った。



 その日の夕暮れに戻ってきたユメコは、相澤と一緒に大学に出掛けた。

 もう夜だということもあり、電車ではなく相澤の車を走らせ、大学裏手の駐車場に停めた。

 准教授の琴峰鈴菜は、都内の小学校に調査回答を受け取るために行っているということで、ふたりはしばらく待つように言われた。

 ユメコと相澤は、例のノートとペンの置かれている教室に入った。

『やあ』

 という文字がふたりを出迎えた。

「こんばんは。今日はお話があって来ました」

『話?』

 ユメコの言葉にペンが動いたが、応えたのは相澤だった。

「琴峰鈴菜が来たら、話す。それまで待っているんだ」

 しばらく、静かなまま時間が過ぎた。ユメコは席に座ったまま、相澤は立ったまま机にもたれかかり、目を閉じている。

「――ショウ!」

 突然、ユメコの緊迫した叫び声が上がった。

 相澤はすぐに体を起こし、ユメコを見た。その視線を辿ると、ノートに文字があった。

『彼女の危機だ』

「どういうことだ」

 相澤の問いかけに、すぐにペンが走る。

『事故、水没、救助』

 そして、場所を示す住所――。湾岸にある、埋立地で開発が進む一角だった。

「ユメコはここに残れ! ケータイを俺に繋いだまま、連絡しながら、メモを読み上げてくれ!」

 相澤が教室を飛び出した。

「は、はいっ」

 ユメコはカバンから携帯電話ケータイを取り出した。

『僕と同じ場所だ、思い出した』

 震えたような文字が、にじんだ。




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