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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
7 第5変奏 夢と翔のクリスマス賛歌(キャロル)
38/77

素直な、お願い

「怖がっているなら、このノートを片づけたりしなかったんですか?」

「したわ、もちろん。でも、どこに片づけても隠しても、次の日にはこの位置に戻っているのよ」

 ユメコはノートを凝視した。

「ペンも一緒に?」

「そう、ペンも一緒に。それで書いているみたいなんだけど、実際に書いている瞬間を、誰も見ていないのよね。授業が終わった後、文章は確かに増えているのに」

 相澤はノートをめくっていた動きを止め、手を一度遠ざけた。そして、おもむろにノートの上に両手のひらをかざした。

 ――出てくる、のかな。霊の正体。

 固唾かたずを呑んで見つめるユメコだったが、何も出ては来なかった。

 鈴菜は、何をやっているのかさっぱりわからない、という顔つきでその光景を眺めている。

 相澤は息を吐き、手を引っ込めた。

「どうだったの、ショウ。やっぱり霊の仕業しわざだった……?」

「いや……霊というのか……通常の霊とは思えないな。だが生身の人間の悪戯いたずらではないようだ」

 相澤は眉をひそめ、机の上のノートとペンを見つめた。

「どうしましょう。このまま学生を怖がらせたままにするわけにもいかないし、この教室を使わないわけにもいかなくて」

 困ったように鈴菜が相澤に訊いてきた。

「とりあえず、このまま調べてみます。できる限り早く対処しますから――」

「ショウ、増えてる!」

 相澤の言葉を、ユメコの声が遮った。

「書かれた文字が、増えているの、さっきまでなかったのに」

 ユメコの視線の先、ノートには、新しい文章が増えていた。

 ペンの位置は、わずかだが、先ほどの位置よりずれていた。

「『僕のことを知りたいのかい?』」

 相澤が読み上げた言葉に、ユメコと鈴菜は動きを止めた。

 ――部屋の温度が、下がったみたいだ。今は、外気温も低いのに……。

 ユメコは歯が鳴りそうになるのをぐっとこらえた。

「ああ、知りたい。あんたがノートに綴っている言葉の、意味と理由を」

 相澤はいつもの声の調子で言った。

 そして、ノートとペンを見つめた。

「……動かないな」

「やっぱり見ていると動かせないのかな……?」

 ユメコがおずおずと言った。

「視線を一瞬、外してみる?」

 鈴菜の提案に、せーの、で三人は後ろを向き、また机に向き直った。

 傍から見ると奇妙な光景であるが、本人たちは真剣だ。

「――あ、やっぱり増えてる」

 ユメコが声をあげた。そして小首を傾げる。

「もしかして、照れ屋さんなのかな?」

「だるまさんがころんだ、みたいね」

 こらえ切れなかった鈴菜が、うくく……、と笑いながら言った。

 あきれたような視線をふたりの女性に向けた後、相澤はノートを覗き込んだ。

「『理由は話せない、僕にだってわからないんだ』」

「一瞬で書いたの?」

 ユメコが目を丸くして新たに増えた文章を凝視していた。

「理由が話せない、わからない?」

 相澤がつぶやくように言い、何かを考え込むように動きを止めた。

「もしかして、怖がられるのがイヤだから書いてあるところを見られたくない?」

 ユメコの問いかけに、また文字が増えていた。自分の思考に集中し、黙り込んでしまった相澤の代わりにユメコが読み上げた。

「『そのとおり』」

 ――このやりとり、ちょっと楽しいかも。

 害のある霊なのかどうかはわからないが、今のところそんな風には思えなかった。

「不思議なことって、世の中にあるものなのねぇ……」

 鈴菜が感心したような口ぶりでそう言った。

 そのとき、教室のドアが開いて、ユメコは「ひゃっ」と驚いた。

「琴峰先生、ちょっと質問あるんですが――お邪魔でしたか?」

 ここの学生だろう、顔を覗かせて鈴菜に声をかけた。

「はいはい、すぐ行くわ~」

 鈴菜は気さくな口調で返事をして、相澤とユメコに言った。

「私はゼミに顔を出してくるので、これで失礼しますね。あとは自由に調べて、何かあったら声をかけてね」

「はい」

 ユメコの返事を聞き、鈴菜は部屋をあとにした。

「このノートの筆記が始まったのは、先月の中旬頃だと言っていたな」

 相澤はノートをぱらぱらとめくった。最初のページからずっと、その日の授業での出来事や感想が綴られている。

「とりとめもない言葉ばかりだが、ひとつわかるのは――これを書いている者が授業のときの話を心から愉しんでいる、ということだ」

「ねぇ、ショウ。――訊いてみたら?」

 ユメコの言葉に、相澤は軽く目を見張った。

「どういう意味だ?」

「いつもの霊と違って、受け答えできそうなんだもの。本人さんに分かる範囲でもいいから聞き出せないかな」

「――訊いてみよう」

 相澤がノートの最後のページを開いて机に戻し、ペンを置いた。

「質問に答えてくれ。あんたは何者で、今どういう状態なんだ?」

 見つめていても、ペンはピクリとも動かなかった。ユメコが身を乗り出した。

「えっと、あたしたちは心霊について調べたりする専門なんです。だから、怖がったりしません。今までにも霊と会ったことあるし――」

 ユメコはノートとペンを見つめながら、真剣に言葉を紡いだ。そして、両手を顔の前で合わせて、

「お願い、します。目の前でも気にせず、書いてお話していただけませんか?」

 そう言って頭を少し下げた。少し上目遣いになって、ノートとペンを切なげな瞳で見つめる。

 ユメコが意図してやっているのかわからないが、お願いというかおねだりというか、傍らで見ていても非常に心が揺れてしまう少女の行動だった。

 たぶん、本人は必死でやっているだけなのだろうが……。

「うぅっ」

 相澤は、ユメコにこんな「お願い」をされたことはない。思わず嫉妬してしまう相澤だった。

 ペンがおすおずと、宙に浮いた。

「書くのか」

 目を見開いた相澤がぶっきらぼうに言うと、ペンはパタッと机に戻った。

「ショウ」

 ユメコが相澤の腕に手をかけて、目を合わせてきた。相澤は両手を挙げて二歩ほど下がり、そこにあった椅子にどっかりと座った。

「お願い、します」

 ユメコの言葉に、再びペンが持ち上がる。ノートの上に滑るように移動した。

『それで、何を聞きたいんだい?』

「あなたは、誰ですか?」

『わからない』

「死んで霊になったの?」

『わからない』

 ペンは、一文字一文字を綴っているわけではなかった。ノートにつくかつかないかぎりぎりの空中を、すぅっと滑るように移動し、文字が浮き上がってくるのである。

「自分がどんな状態だかわからない、ということ?」

『そう』

 ユメコの質問の仕方では、延々と時間がかかりそうだ……と、そのやりとりを見つめながら相澤は思った。




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