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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
6 第4変奏 月と太陽の夜想曲(ノクターン)
33/77

光の下で

「助けを待つしかない。これだけ大規模に崩れたんだ。すぐに来るさ」

 耳元で相澤の声が聞こえる。

 どこまでも落ち着いた、取り乱したところのない低い声は、ユメコを安心させてくれた。

「本館のほうは無事だ。心配ない。おそらくこのくらいの地震じゃびくともしていないだろう」

「……じゃあ、どうしてこの別館だけ崩れてしまったの?」

「ここに来たとき、俺が妙な浮遊感を感じる、と言っていたのを覚えているか?」

「……うん。言ってたね、エレベーターの中にいるときに似ているって」

「この建物の下に『門』がある」

 相澤の言葉を、ユメコはすぐに理解できなかった。

「……『門』……?」

「異界へ通じる『門』だよ。有名なものでは『羅城門』とかだが、全国のあちこちにそんな場所はある」

「この世とあの世を結ぶ場所?」

 ユメコの言葉に、相澤は「そうだ」と答えた。

「井戸や交差道路など、小さなものはあちこちにあるのだが……ここのはちょっと大きいな。無理に建造物で塞いでしまったから、次元がとても不安定になっているんだ。――だから、少しの衝撃や揺さぶりをかけられるだけで破壊されてしまう」

 そのとき、さぁっ……と光が周囲に広がったのを相澤は見た。

 相澤の体の下でも、ユメコにもあたたかい光が広がったのが感じられた。

「夜明けだ」

 相澤が言った。別館の建物の端、廊下で下敷きになったのだとわかる。狭い空間にもかかわらず、空気も濁らず外の光を感じることができるのは、すぐ側が外だったからだ。

「出られるかもしれない」

 明るくなった周囲の状況に視線を走らせ、相澤はユメコに告げた。そして、慎重に腕を動かし、上の瓦礫を崩さないように隙間を広げていく。

「ユメコ、ちょっと動くぞ」

 相澤は腕を突っ張り、体の下にいたユメコが動けるように上の瓦礫を少し押し上げた。そして、左腕で自分の体を支えたまま、右腕でユメコが這い出すのを助ける。

 太陽の光に目がくらむが、手探りで進む。

「落ち着いて、光のほうに進むんだ」

 肩に相澤の手が置かれ、導いてくれる。

「……うん」

 そろそろと這い進むと――間もなく外に出ることができた。

 ――うわぁ……あたしたち、よく無事だったなぁ……。

 瓦礫の上に立ち、後ろを振り返ったユメコは、自分の腕をさすった。

 相澤も出てきて、すぐにユメコの体を横抱きに抱え上げた。

「足、怪我するぞ」

「え?」

 ユメコは自分の足を見て、すぐに納得した。

 履いていたサンダルがなかったのだ。おそらく、瓦礫の下に置き去りにしてしまったのだろう。

「おお、いたぞ。こっちだ!」

 男の声が聞こえた。瓦礫のあちこちから、安堵したような顔と声が上がった。

「怪我は? 大丈夫か?」

 集まった男たちは、旅館の従業員やこの町の消防団の者たちだった。

「あんたら、たいした怪我もなく……信じられん」

「良かった、良かった」

「居なくなったふたりを見かけたという、高校生たちの話を聞いて捜索していたんだ」

 心配そうな表情で、口々に言った。

「ありがとう、俺たちは大丈夫だ」

 相澤が礼を言い、抱えられていたユメコが恥ずかしそうに顔を赤らめながらも男たちに頭を下げたとき、

「――ユメコ!」

 知らせを受けた母律子りつこと、父泰三たいぞうが駆けてきた。

「お父さん、お母さん!」

「どうしたの、怪我をしたの? 昨日の夜帰ってこなかったから心配したのよ。地震がきて、裏の別館が崩れたっていうから、もう生きた心地がしなくて――」

 矢継ぎ早に言葉を続ける母親の肩を、父親が気遣わしげに叩いてなだめていた。

「ユメコさんの履物がなくなったので、怪我をするといけないと思いまして」

 相澤が母親を安心させるように微笑んで言うと、律子はようやくホッと表情を和らげた。

 ようやく落ち着いた妻の肩から手を離した泰三は、相澤の顔を見て口を開いた。

「頭に傷を負ったのではないか? ショウくん」

 泰三の言葉に、ユメコは相澤の左側頭部を確認すると、確かに血が流れ、固まりつつあるのがわかった。

「――ショウ、ひとの心配ばかりで……」

 ユメコは浴衣の胸元からハンカチを出し、血をぬぐった。心配そうな瞳を揺らしながら傷の具合を確かめている。

 相澤は微笑んだ。

「俺は大丈夫だ。まぁたまには、心配されるのも悪くないがな」

 そして、集まっていた男たちに顔を向けた。

「居なくなったのは俺たちだけか?」

「ああ、地震のあと、点呼を取って宿泊客と従業員を全て確認した。行方不明だったのは君たち二名だけだ」

 旅館の支配人と思われる中年の男性が、てきぱきと答えた。

「そうか」

 頷いた相澤は、崩れた建物に視線を向けた。

 崩壊したときにも、他にひとの気配はなかった。

 他に巻き込まれた者がいなかったのは、不幸中の幸いだった。

「……いったん本館に戻ろう。ユメコ、着替えてくるんだ」

 相澤はユメコを抱えたまま歩き出し、周囲の男たちに言葉を続けた。

「それと――シャベルやスコップ、何でもいい、穴が掘れる道具を用意してくれ。あと、誰か手伝ってくれるとがたい」

「ショウ――それって」

 ユメコの言葉に、相澤は微笑んだ。

「ああ。約束は果たさなければな」



 本館に戻り、母親に付き添われたユメコが部屋で着替えている間、相澤と、父親の泰三はロビーの椅子に向かい合って座っていた。

「ご心配をおかけして、本当にすみませんでした。大事な娘さんを危険な目に」

 頭を下げる相澤に、泰三は目を閉じ、ふぅっと息を吐いた。

「――ショウくん。話はユメコから聞いたよ」

 泰三は相澤の目を見つめてわずかに微笑んだ。

「君は、私の娘を――ユメコを、とても大切にしてくれているようだな。決して娘のせいにはしないで、全力で護ってくれているようだ」

 軽く目を見張る相澤に、泰三は話を続けた。

「今回の別館に行ったのは、自分が行ってみたいと言い出したとユメコは言っていた。そして、瓦礫から全身でかばってくれたそうじゃないか。そして、その――」

 泰三は、手で相澤の右腕と左脇腹を示しながら言葉を続ける。

「弾を受けたのも、自分のことを助ける為だったと、聞いた。詳細までは話してくれなかったがね」

 相澤は目を床に落とし、黙ったままだ。

「君を信頼し……好いているようだな……。これからも娘のことをよろしく頼むよ」

 ユメコの父親の言葉に相澤は顔を上げ、はっきりと応えた。

「はい……!」

 相澤の力強い返事を聞き、泰三はどこか寂しそうな表情で、だが嬉しそうに頷いた。




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