表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
5 第3変奏 兄と弟の鎮魂歌(レクイエム)
28/77

変わらぬ時間を

 あたたかい、弾力のあるものが、唇に触れていた。

 ユメコはゆっくりと目を開いた。

 ――間近すぎて、焦点が合わないですよ。もう……。

 ユメコの目から涙が流れ、頬を伝ってこぼれ落ち、相澤の腕を濡らした。

 相澤が目を開いた。

 唇が名残惜しげに離れ、次いで、体をぎゅっと抱きしめられる。

「……ユメコ……おかえり……!」

「――いつものショウじゃないみたいです」

 ほっとして、思わず出た言葉に、相澤はユメコの額をぺしっと指で弾いた。

「俺様を心配させやがって」

 ユメコは額を押さえ、精一杯の笑顔を作った。

「ただいま、戻りました」

「莫迦、泣いていいんだよ。俺に嘘をつくのは許さん」

 相澤はユメコの頭に大きな手を置き、撫でた。

 そのまま、頭を抱え、自分の胸に押し付ける。

 ユメコの目から大粒の涙がこぼれた。

「……あいつは、行ってしまったのか?」

 相澤の問いに、ユメコは泣きながら頷いて答えた。

「……そうか……」

 相澤は目を閉じ、開いて、頭上を見上げた。サンキューな……、とつぶやきながら。

 ひとしきり泣き、落ち着いたユメコは、体を起こした。

「ショウ、撃たれたんでしょう、傷は?」

「ははっ、まあ、正直……痛いがな」

 脇腹の傷の様子を確認したユメコは、蒼白そうはくになった。

「――救急車を……!」

「普通に病院へ行って、撃たれた、なんて言えないだろうな」

 相澤はニヤリと笑って言った。顔色は悪くなっている。

「心配ない」

 ――何が心配ないんですか! 大ありです!

 怒鳴ろうとしたユメコは相澤の視線に気づき、言葉を呑んだ。

 そして、視線の先を辿たどって振り返った。

 背後に、黒いスーツをきっちりと着込んだ壮年の男が立っていた。

 翔平と翔太の面影とよく似た顔を持つ男が誰なのか、あえて訊かなくても分かった気がした。

「すまなかったな、ふたりとも」

 相澤(あいざわ)一志(かずし)――相澤コンツェルンの統括、翔平と翔太の父親だった。



 父親は、床に倒れ伏している長女の姿を見て、心が抜け落ちたかのように座り込んだままの雅紀の様子を見た。

 そして、相澤とユメコにゆっくりと歩み寄った。

「傷は痛むか? 翔平。すぐにうちの病院へ向かおう。手当てが先だ、話はそのあとで」

()(がた)いね」

 父親は、相澤が立ち上がるのに手を貸した。ユメコも付き添う。

「ユメコさん、息子たちが世話になっている……今回の件、本当にすまなかったね」

 上に立つ者の威厳はあるが、低くて優しい響きのある、ぬくもりのある声だった。

「そんな。あたしはいいんです。でもさっき……翔平って?」

 相澤の体は、翔太のものなのだ。


「そりゃあ、わかるさ。……だからな」

 父親、相澤一志はそう言って、自嘲気味に口の端を歪めた。

「とんでもない親だったが……」

 三人が建築途中のマンションの階段を降りたとき、スーツを着た男たちとすれ違った。きっちりとした身なりの、まるでボディーガードか何かのような男たちだ。

「証拠は残さず、片づけるから心配しないように。言わなくても君には伝わっていると思うが、この件は他言無用に願う」

 相澤一志は、ユメコに向いてそう言った。

「……そんな!」

 ユメコは、相澤の姉や、血は繋がらなくても家族であった雅紀のことを気にしているのだろう。

「優しいひとだな、貴女(あなた)は」

 相澤一志はそう言って、微笑むように目を細めた。

「父親であると同時に、相澤コンツェルン――巨大企業の統括でもあるんだ。その元で働いている社員全員を護るという役割も果たさなければならない」

 相澤が、父親の立場を語った。

「――そう、なんですね」

 ――大変な立場だ。漠然とではあったが、想像はできた。

 相澤とユメコ、そして父親は、待っていた黒塗りのベンツの後部座席に乗り込んだ。

 車は滑るように走り出し、マンションの建築現場をあとに、病院へ向かった。



 朝の光が(あふ)れる病室で、相澤は窓を開けて風に当たっていた。

 ひんやりとした風が心地よかった。

 コンコン、と軽いノックがして、扉が開く。

 病室に入る前の軽い足音で相澤にはわかっていた。ユメコだ。

 思わずニヤニヤしてしまう。

「お元気ですか?」

 昨日も夜遅くまで付き添っていたというのに、そんな言葉をかけて、照れたような表情でユメコが部屋に入ってきた。

「俺に早く退院して欲しそうだな、ユメコ」

「え、えと……もうすぐ模試なんです。ほら、いろいろ――教えていただかないと」

「いろいろって、何をだ?」

 茶化(ちゃか)すように言うと、案の定、カァッ、とユメコの顔が赤くなった。

「可愛いことだ」

 ニヤニヤしながら眺めていると、病室の応接セットにあったクッションがひとつ飛んできた。

「……()ぅッ……」

 相澤は体をくの字に折って(うめ)いた。

「え、き、傷が?」

 うろたえたユメコが心配して近づいてきた。

 その腕を(つか)んで、相澤はその体を引き寄せた。してやったり、という表情で。

 倒れこむユメコの体を捕まえ、ベッドの上の、自分の膝の上にふわりと乗せる。

 だが、思わず「ウッ」と顔をしかめた。

 傷が痛んでしまったように。

「あぁ……どうしてそこまでして無理をするんですか」

 半ば心配し、半ばあきれたような声で言ったユメコは、いつもの仕返し、とばかりに言葉を続けた。

「では『抱っこ』を解禁にしちゃおうかなぁ」

 相澤は、今度こそニヤリと笑った。

「言ったな……言ったぞ!」

 ユメコの体を、腕に力を込めて抱きしめた。

「――そんなっ、ずるいです!」

 腕からすり抜けようとしたユメコを逃さず、細い腰と後頭部を手で押さえ、強く唇を重ねた。

 しばらくして息をついたユメコが、赤く染まった頬を膨らませながら言った。

「無理強いはしないって言ってたじゃないですか」

「言ったさ。だが、許してくれたんだろう?」

 相澤が微笑んで応える。

 窓辺のカーテンが、ふわりふわりと、まるで笑っているみたいに風に揺れていた――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ