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76. この剣を捧げる

「公爵様は厳しい態度を取りつつも、貴女(あなた)様を誰よりも深く愛しておられました。あんな縁談を、あの方が望むはずがない!」


 その声が悲痛に響く。


「私は気づいていながら、何もできなかった。アステリア家への忠誠という名の鎖に縛られ、偽りの主君に剣を捧げることしか……!」


 ギルバートの目から、涙が溢れた。王国最強の騎士が人前で涙を流す。その姿に、周囲の騎士たちも表情を歪ませる。


 レオンもまた唇をかむ。やはり、すべてが繋がっていた。ゴブリンの寄生体、自分のスキルを奪った呪い、そしてシエルの父を操る何者か。すべてが、同じ敵の仕業だった――――。


 衝撃の事実に、シエルは言葉を失う。憎んでいた父は、実は被害者だった。戦うべき相手は父ではなく、その体に巣食う正体不明の悪意。シエルの個人的な逃亡劇は今この瞬間、巨大な陰謀に立ち向かう壮絶な戦いの序章へと姿を変えた。


 シエルの目から涙が溢れる。けれどそれは悲しみの涙ではない。決意の涙だった。彼女は震える手で、膝をつくギルバートにそっと手を差し伸べた。


「顔を上げてください、先生。ボクはもう、逃げません」


 その声は強かった。


「父様を、ボクたちの家を、必ず取り戻します」


 ギルバートがシエルの手を取り、立ち上がる。その目には希望の光が宿っていた。


「シエル様……」


「でも、ボク一人じゃできない」


 シエルは仲間たちを振り返った。


「みんな……力を貸して」


 その言葉に、レオンが笑顔で答えた。


「当たり前だろう。俺たちは家族だ」


「ええ。あなた一人に格好つけさせるわけにはいきませんわ」


 ミーシャが微笑む。


「あたしたちの出番ね! 燃えてきたわ!」


 ルナが拳を握る。


「私も、全力で戦うわよ!」


 エリナが剣を鞘の中でガチャリと鳴らす。


 『アルカナ』のメンバーが顔を見合わせ、力強く頷いた。そしてギルバートと蒼き獅子騎士団も、深々と頭を下げる。


「我ら蒼き獅子騎士団、シエル様と『アルカナ』に、この剣を捧げます!」


 公園に騎士たちの声が響き渡る。青空の下、二つの勢力が一つになった。


 レオンはぐっとこぶしを握る。来るぞ、本当の戦いが――。


 運命に導かれ、僕たちはここに集まった。簡単ではないだろうが、この仲間たちがいればきっと道は開けるのだ。


 新たな戦いの幕が、今、上がろうとしていた。



      ◇



 その晩、レオンは寝付けずにいた。


 ベッドに横たわり、白い天井を見つめる。窓の外から差し込む月明かりが、部屋をぼんやりと照らし出している。カーテンの隙間から、銀色の光が一筋、床に伸びている。


 静かな夜だった。穏やかな夜のはずだった。


 時計の音だけが、カチ、カチと規則正しく響いている。遠くで犬が吠える声。風が木々を揺らす音。全てが、平和な夜を物語っている。


 けれど、レオンの心は穏やかではなかった。


 胸の奥底で、何かが蠢いている。それは不安という名の、黒い影。それが、心を侵食していく。


 寄生体――。


 あの、おぞましい核。


 ミーシャが魔法で撮影しておいてくれた映像に、浮き上がったおぞましい真っ赤な瞳――――。


 全てを憎む、純粋な悪意を放っていたという。


(あれを、使役しているのは……)


 レオンの思考が、暗い方向へと向かっていく。


(俺のスキルを破壊した連中と同じだろう)


 偶然ではない。全てが繋がっている。自分の【運命鑑定】を破壊したのも、ゴブリンに寄生体を埋め込んだのも、シエルの父を操っているのも、全て同じ存在。


 闇組織――。


(一体、何が目的なのか……?)


 レオンは寝返りを打った。シーツが擦れる音。枕の感触。けれど、全く落ち着かない。


 目を閉じる。けれど、瞼の裏に浮かぶのは、あの憎悪に満ちた赤い瞳。


(スキルを破壊できて、寄生体も放てる……)


 レオンの額に、冷や汗が滲む。


(それほどの力を持つスキル保持者が、今、世界を狙っている……)


 その事実が、重くのしかかる。


 蒼き獅子騎士団と共に、その闇組織と対峙することになったが――――。


(勝てるのだろうか?)


 弱気が、頭をもたげる。


 蒼き獅子騎士団。王国最強の騎士団。三十人の精鋭。ギルバート団長の圧倒的な力。


 それでも、勝てるのか?


(もちろん、警備隊などの力も借りることにはなるだろう……)


 レオンは、指を折りながら考える。


 王都の警備隊。数百人の兵士。魔法使い。聖職者。全ての力を結集すれば。


 けれど――。


(公爵ですら、乗っ取られている……)


 その事実が、全てを暗くする。


 公爵が操られているなら、他にも操られている者がいるだろう。警備隊の隊長が。貴族が。役人が。誰が敵で、誰が味方か、分からない。


(どこまで、力は借りられるだろうか?)


 不安が、膨らんでいく。


(下手をしたら、逆に警備隊に捕縛されてしまうリスクだってある……)


 想像するだけで、背筋が凍る。


 闇組織が警備隊を掌握していたら。自分たちが反逆者として捕らえられたら。牢獄に入れられ、処刑される。そんな未来も、ありえる。


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