74. ボクの戦い
「なっ!?」「回避だ!」「うわぁぁぁ!」
完璧な陣形が一瞬で破壊された。騎士たちが慌てふためいて逃げ惑う――――。
次の瞬間、炎の龍が地面に激突した。大爆発が起こり、衝撃波が木々を揺らす。煙が舞い上がり、視界を覆う。
けれどそれで終わりではなかった。逃げ惑う騎士たちの足元に突然、光る沼が現れた。ドロドロと粘ついた泥の沼が、まるで生き物のように広がっていく。
「うわっ!」「足が!」
騎士たちの足が沼に捕らえられ、じわじわと沈んでいく。動けない。抜け出せない。
「うちの家族にちょっかい出すのは、どこの殿方ですの?」
その声と共に一人の少女が現れた。金髪の美少女、ミーシャだ。ロッドを高く掲げながらニヤリと笑う。その笑顔は冷たく、禍々しかった。
「アルカナに剣を向けた罪、思い知っていただきますわ」
泥の沼がどんどん広がっていく。騎士たちが次々と沈み、身動きが取れなくなっていく。
そしてもう一人。赤の閃光がギルバートただ一人を目掛けて一直線に突き進んだ。
「仲間に手を出す者は、私が斬る!」
黒髪の剣士、エリナだ。その剣がギルバートの大剣と激突した。
ガキィィィンッ!
甲高い金属音が響き渡る。火花が散り、二人の剣が激しくせめぎ合う。エリナの黒曜石の瞳とギルバートの鋭い目が、真正面からぶつかり合った。
「ほう……なかなかやるな、小娘」
ギルバートが初めて表情を変えた。興味深そうにエリナを見る。
「当然よ! 私たちの家族は渡さないわ!」
エリナが歯を食いしばり、渾身の力で剣を振るう。けれどギルバートの剣は微動だにしない。その力の差に、エリナは内心驚愕する。これが、王国最強の騎士。
たまらずエリナは距離を取り、仕切りなおす――――。
◇
「レオン! シエル!」
ルナの声が響いた。炎を纏いながら走ってくる。
「無事!?」
「ああ! 助かった!」
レオンが木の上から叫んだ。その声には、安堵と感謝が込められていた。
『アルカナ』のメンバーがついに集結する。五人の絆が、今ここに試されようとしていた。
「みんな……」
シエルの目から涙が溢れた。けれど今度は、恐怖の涙ではない。仲間が来てくれた。自分を助けるために、危険を冒してまで駆けつけてくれたのだ。その事実が、シエルの心を熱くした。
「ありがとう……みんな……」
◇
エリナとギルバートの剣がせめぎ合う。ガキィン、ガキィンと金属音が響き渡る。ルナの炎がうねり、ミーシャの魔法が光る。騎士たちと『アルカナ』の激突。公園全体が戦場と化していた。
その静寂を破ったのは、凛として、しかしどこか震える少女の声だった。
「そこまでです、皆さん!」
全員の視線が声の主へと集まる。木の枝から軽やかに舞い降りたシエルが、ギルバートの前に進み出て、かつての師と、そして己の過去と、まっすぐに向き合った。
「ギルバート先生。この戦いを終わらせましょう」
彼女の碧眼には、もう怯えの色はない。その瞳には、燃えるような決意の炎が宿っていた。
「ボクと、あなたの一騎打ちで。ボクが勝てば、あなたは騎士団を率いて王都へ帰る。ボクが負ければ、あなたの言う通り、アステリア家へ戻りましょう」
「お嬢様……!」
ギルバートが驚きに目を見開く。それはあまりにも自分に有利な賭け。王国最強と謳われる剣士に、弓手が一騎打ちを挑むなど――。
しかしシエルの瞳には、強い意志が宿っていた。
「シエル! 何言ってるの? 私たちは家族だろう! 一人で背負い込むな!」
エリナが叫んだ。
「そうよ! あたしたちも戦うわ!」
ルナが前に出ようとする。けれどシエルは首を横に振った。
「ありがとう、みんな。でも、これはボクの戦いなの」
その声は穏やかだった。けれど揺るぎない強さがあった。
「ボクが逃げ出したことで、この戦いは始まった。だから、ボクが終わらせる。それに……」
シエルは、ギルバートを見た。
「先生は、ボクの大切な人だから。ボクが直接戦いで語り合いたいの」
その言葉に、ギルバートの表情が揺れた。
レオンはポンとシエルの肩に手を置くと、そっと囁いた。
「かつて見た未来のアルカナは五人だった。自信をもって……」
その言葉にシエルが力強く頷く。
レオンはグッとサムアップして見せると、仲間たちを引き揚げさせる――――。
「本当に、大丈夫なの?」
エリナが不安そうにレオンを見る。
「ああ」
レオンはシエルの背中を見つめながら答えた。
「あいつは、もう弱くない。信じてやろう」
◇
公園の中央で、二人だけが対峙する。元師弟の、あまりにも物悲しい決闘。周囲の騎士たちも『アルカナ』のメンバーも、固唾を呑んで見守っている。
風が吹く。シエルの銀髪が陽を浴びて輝いた。
ギルバートは大剣を構える。その顔には、複雑な感情が浮かんでいた。
「お嬢様……私は全力で参ります」
その声には、悲しみと、そして敬意が込められていた。




