67. リンゴ争奪戦
「遅れてごめんなさい、あのねっ! あのねっ!」
ルナの声が上ずっている。言いたいことがたくさんありすぎて、言葉にならない。ただ、レオンに会えた嬉しさと、心配をかけた申し訳なさと、今日の出来事を伝えたい気持ちが、全部混ざり合って、涙と一緒に溢れてくる。
「お、おぉ……落ち着いて……」
その勢いに気おされるレオン。けれど、その顔にははちきれんばかりの幸せが浮かんでいる。
「レオーン!」
次に到着したのはシエル。レオンの腕に飛びつき、その勢いで銀髪がレオンの顔にかかった。
「ごめーん! 心配かけちゃった!」
その声も、涙声だ。
「大変だったのよぉ! もう、色々あって……」
ミーシャも到着。いつもの優雅さは消え失せ、子供のようにレオンにしがみつく。
「……ただいま」
最後にエリナ。静かに、けれど確かに、レオンの背中に手を回す。
四人が、レオンを揉みくちゃにする――。
「おっとっと!」
レオンはバランスを崩しかけた。女の子たちはレオンにしがみつき、押し倒さんばかりの勢いなのだ。
その重みに、レオンの膝が笑う。けれど、幸せな重み。愛おしい重み。
「おっけーおっけー! 無事なら良かった。うん……本当に……」
レオンは両手を広げた。右手でルナとシエルを、左手でミーシャとエリナを、ギュッと抱きしめる。
四人の体温が伝わってくる。温かい。柔らかい。
そして――ふんわりと甘酸っぱい香りに包まれる。
家族が、帰ってきた。
それだけで、全てが満たされる。
心の空白が、埋まっていく。
不安が、消えていく。
恐怖が、溶けていく。
(ああ……俺は、独りじゃない)
目を閉じる。四人の体温を、しっかりと感じる。
(こんなにも、大切な人たちがいる)
涙が、止まらなかった。
「レオン……泣いてるの?」
ルナが、顔を上げてレオンを見た。その目も、涙で潤んでいる。
「ああ……嬉しくて、な……」
レオンが、ほほ笑みながら答えた。
「私たちも……嬉しい……」
シエルが、レオンの腕を握る手に力を込める。
「ずっと、待っててくれたのね……」
ミーシャが、レオンの胸に顔を埋める。
「……ありがとう」
エリナが、小さく呟く。
五人は、しばらくそのまま抱き合っていた。
夜風が優しく吹き、星が空に輝いている。
まるで、祝福しているかのように。
長い、長い一日が、ようやく終わろうとしていた。
◇
温めなおしたシチューが大きな鍋ごとテーブルの中央に置かれている。湯気が立ち上り、部屋中に美味しそうな香りを漂わせている。
「わぁ……いい匂い……」
シエルが、目を輝かせた。
「レオン、作ってくれたの?」
「ああ。みんなが帰ってくるまでにって……」
レオンの言葉に、四人の胸が熱くなる。
レオンが、一人一人の皿にシチューをよそっていった。具沢山のシチューが、湯気を立てながら皿に盛られていく。
「うわぁ……」「美味しそう……」
みんな目がキラキラと輝いている。
「それでは……」
「いただきます!」
女の子たちの声が、重なった。
みんな待ちきれないようにスプーンを手に取り、口に運んだ。
その瞬間、みんなの顔がぱっと明るくなる。
「美味しい……!」
「すっごく美味しい! レオン、料理上手だったんだね!」
「このハーブが素晴らしいですわ」
「温かくて……優しい味……」
レオンが、安堵の表情を浮かべる。
「良かった……気に入ってくれたなら」
食卓が、賑やかになっていく。
「ねえ、聞いて聞いて! 今日ね、もうたーいへんだったんだからぁ!」
ルナが、身を乗り出して話し始めた。
「ゴブリンロードがね、死んだと思ったらまた動き出して! それでね、中から変な核が出てきて毒を噴いたの!」
「えぇっ!? そ、それは……無事でよかったよ」
レオンが、心配そうに眉をひそめる。
「でね、でね、ミーシャったらね……」
ルナが、悪戯っぽく笑う。
「『レオン……』って泣きべそかいてたのよ!」
「ちょっと! 余計なことは言わないでよ?」
ミーシャが、顔を赤くして抗議する。いつもの優雅な仮面が、崩れている。
「くふふふ……いいじゃない。可愛かったわよ、ミーシャ」
シエルが、珍しく笑いながら茶化す。
「あなたたちはもうリンゴは無しね!」
ミーシャが、むっとして、テーブルの上のリンゴを取り上げた。
「あー! ダメッ! それ私の!!」
シエルが、慌ててリンゴに手を伸ばす。けれど、ミーシャの方が早い。
「もう! ちょっと! 返してよぉ!」
シエルが、ミーシャからリンゴを取り返そうと必死になる。二人が、まるで子供のように、リンゴを奪い合った。




