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63. 生命への冒涜

 鮮烈な炎の矢が、一気に赤い瞳へと放たれた。それは薄暗いシールドの中を真紅に輝かせ、空気を焼きながら一直線に飛んだ――――。


 パァァァン!


 シールドを貫き、ファイヤースピアーは一気に赤い瞳を突き刺さると大爆発を起こす。


 グギャァァァァァァ!


 恐ろしい叫び声と共に、ゴブリンロードの身体が剥がれ落ちた。触手が力を失い、ドームから滑り落ちていく。


「今よ! 逃げて!」


 ミーシャは同時にシールドを解いた。光の壁が消え、外の空気が流れ込んでくる。四人は一気に飛び出した。転びそうになりながらも、必死に走る――――。


 ギョァァァァァァ!


 【核】がのたうち回っている。触手を振り回し、体液を撒き散らし、苦し気に叫びを上げている。


 距離を取ったシエルは振り返ると弓を構え、狙いを定めた。


 これで終わらせる!


「くらえ!」


 ヒュ、ヒュ、ヒュンッ!


 シエルの放った三本の矢が青い光の軌跡を描き、【核】へと迫る。それらはまるで一つの意思を持っているかのように、完璧な軌道を描いて次々と標的を射抜いた。


 ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ!


 湿った音と共に、"核"が完全に破壊された。黒紫色の体液が四方に飛び散る。その瞬間、甲高い、耳を劈くような悲鳴が森全体に響き渡った。


 ギィィィィィィィィィッ!!


 それはこの世のものとは思えないおぞましい声。まるで無数の声が重なり合い、歪み、憎悪だけを形にしたような音。木々が震え、鳥たちが一斉に飛び立った。


 【核】はその悲鳴と共に霧散していった。赤黒い肉が煙となり、黒い粒子となって空中に溶けていく。けれど完全に消えるまでの数秒間、その赤い瞳だけは少女たちを睨み続けていた。お前たちを忘れない。必ず殺す。そう言っているかのように――――。


 やがて完全に消え去り、後には不快な魔力の残滓(ざんさ)だけが残る。


 少女たちは誰も動けなかった。


 得体の知れない悪意が人々の平穏を乱そうとしている。そのおぞましい予感が全員の心を蝕んでいた。


 やがてミーシャが、震える声でつぶやく。


「……これは……」


 その声はいつもの優雅さを完全に失っていた。か細く、震え、今にも途切れそうだ。


「生命への、冒涜です」


 唇が震えている。顔が蒼白だ。


「神が定めた創造の(ことわり)を捻じ曲げ、内側から生命を乗っ取る……呪われた……『寄生体』……」


 その言葉を聞いた瞬間、全員の背筋に冷たいものが走った。


「くっ……」


 エリナは顔をゆがめながら死体に駆け寄り、ザシュ!と触手の一部を切り取ると、恐る恐る皮袋にしまいこんだ。


「……急いで報告しなきゃ」


 剣を拭き、鞘に収めながら仲間たちを見る。


「これは……私たちだけで対処できる問題じゃない」


 その言葉に全員が頷いた。勝利の高揚感はもうない。代わりに得体の知れない恐怖と不安、そして焦燥感だけが残っていた。


 四人は急いで森を後にする。振り返らず、ただ前だけを見て。けれどその背中には、まだあの赤い瞳の残像が焼き付いていた。



      ◇



 一行は急いでギルドへと走る。息を切らしながら森を抜け、街に入った。既に日は傾き始めている。


 ギルドの重厚な扉が見えた。エリナが力任せに扉を押し開ける。ガンッという大きな音と共に扉が開き、四人は飛び込んでいく――。


 その勢いに賑やかなギルドが一瞬、静まり返った。冒険者たちが驚いて振り返る。『アルカナ』の少女たちの様子が、明らかにおかしい。


 血相を変えて、受付に駆け寄る四人。靴音が床に響く。


「ギルドマスターを! 今すぐ!」


 エリナが受付のカウンターに両手をついて叫んだ。そのただならぬ様子に受付嬢が椅子から飛び上がるように立ち上がる。


「え、ええ! 少々お待ちを……!」


 受付嬢は慌てて奥へと走っていった。



        ◇



「ギルドマスターがお呼びです。どうぞこちらへ……」


 案内されたギルドマスターの執務室。重厚な机に壁一面の書棚。窓からは夕日の光が差し込み、部屋に長い影を作っている。


「お前らか、何があった?」


 鋭い視線を投げかけるギルドマスターの声が重く響く。その顔には深い皺が刻まれ、長年の経験から来る威厳が漂っている。


 エリナが深呼吸をして、事の次第を報告した。炎の魔法でゴブリンの巣ごと焼き払ったこと。けれど異常に巨大化したゴブリンロードは生き残り、激しい戦闘の末に倒したが、その死骸から異形の"核"が現れてきたこと。そして毒で攻撃をしてきて危うく殺されかけたこと――――。


 語りながら、エリナの声が震える。あの光景を思い出すだけで、再び恐怖が蘇ってくる。ミーシャが補足する。核が放っていた絶対的な悪意。生命への冒涜。それは単なる魔物ではなく、何か別の、もっと邪悪な存在だったと。


 最初はギルドマスターも半信半疑だった。眉をひそめ、腕を組み、話を聞いている。


「……本当か? そんな魔物、文献のどこにも……」


 その時、エリナがバッグから革袋を取り出した。慎重に、まるで爆弾を扱うかのように、机の上に置く。


「これをご覧ください」


 寄生体を見せる。部屋におぞましい異臭が放たれた。




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