57. より強大な『命運』
(……ダメだ。どこにも……ない……)
拳が、床を叩く。
ゴンッ、という鈍い音が、虚しく響く。
(あいつらに……何て、顔向けすればいい……)
何一つ、答えを見つけられなかった。
「……ごめん」
誰にともなく、呟く。
諦めが、心を支配しようとする。
その時――。
ふとレオンの目に、一冊の本が留まった。
書架の一番下。
他の本に隠れるように、忘れ去られていた小さな魔導書。
表紙は擦り切れ、題名も読めない。
他の本が立派な装丁なのに対し、その本だけが――まるで、誰にも気づかれたくないかのように、ひっそりと隠れていた。
けれど、まるで「これを読め」と囁かれているかのように――。
何かに導かれるようにレオンは、その本を手に取った。
◇
埃を払い、急いでページを開く――――。
そこには――おびただしい量の、読めない古代言語が並んでいた。
読めない。意味が分からない。
(……くそっ! 読めないとは……。万事休すか……)
諦めかけた――その時。
レオンの指が、最後の一ページに触れた。
そこには――読める言葉で、誰かの短い一文がメモされていた。
『魂を喰らう呪いは、同質の魂、或いはより強大な『命運』によってのみ上書きされる』
それは――まるで、後世の誰かに宛てた伝言のように、褪せたインクで震える筆跡で書かれていた。
その一文を目にした瞬間――レオンの全身に、電撃のような衝撃が走った。
背筋を、雷が駆け上がる。
疲弊しきっていた頭脳が――再び、高速で回転を始めた。
(『同質の魂』……!?)
同じスキルを持つ者、ということか?
【運命鑑定】を持つ、別の誰か――?
(でも、そんな人、どこにいる……? くっ……)
(『或いはより強大な命運』……)
命運とは、何だ?
スタンピードを止めるようなこと?
(そして……『上書き』!)
レオンの目が、見開かれる。
(スキルが消滅するのではなく――別の何かに、置き換わる可能性がある……!?)
まるでパズルのピースが、次々とはまっていくような感覚。
霧が晴れていく。
「そうか……そういうことか……!」
声に出して、呟く。
レオンは立ち上がった。
さっきまでの絶望は、もうない。
代わりに――燃え上がるような、闘志が宿っている。
「呪いは……『上書き』できる……!」
震える手で、本を抱きしめる。
「俺は……まだ、終わっていない……!」
「小僧」
いつの間にか――背後に、老司書が立っていた。
レオンは、ハッとして振り返る。
「その一文を、見つけたか」
静かな声。
けれど、その奥には――何か、深い感情が籠もっているように感じられた。
「それは『賢者の謎かけ』と呼ばれ――古来より幾多の者が挑み、誰一人として実現できなかった禁忌の言葉じゃ」
老司書は、窓の外を見た。
夕日が、その皺だらけの横顔を照らしている。
その表情には――遠い過去を思い出すような、哀しみが浮かんでいた。
「『命運』をいじろうとする者は――逆に『命運』に踊らされ、破滅した」
その声が、重く響く。
「ワシの師も……親友も……」
言葉が、途切れる。
「『命運』とは、何なんですか?」
「多くの人の人生に影響を与える強い意志のことをこの世界では『命運』と、呼んでおる。君がスタンピードを止めてくれた時のような事じゃ。その節はありがとう。助かった」
老司書は頭を下げた。
「では、またスタンピードを止めようと覚悟すればいい……ってこと?」
「ふっ、覚悟するだけじゃダメじゃろ。実現できる力もなければ」
「く……」
無力な自分の現実を突きつけられたような気がしてレオンは、唇をかんだ。
「そう、力がないから『命運』を求め、じゃが、力がないから実現できず滅ぶんじゃ」
レオンは言い返せなかった。突破口を見つけたと思ったのに、それは原理的に実現不可能だったのだ。
「深入りはせんことだ。『命運』は――人が手を出してよい領域の代物ではない。弄ばれるだけじゃぞ?」
老司書は同じように挑んで破滅した者たちを、見てきたのだろう。
その痛みを、レオンに味わわせたくない――そんな想いが、声に滲んでいた。
レオンはキュッと口を結んだ。
確かに自分は無力だし、女の子たちを危険な目に遭わせるわけにもいかない。
けれど――。
スキルの復活が可能だと知れただけでレオンは満足だった。
「ご忠告――感謝します」
レオンは、老司書に向き直った。
そして――深々と、頭を下げる。
「一歩前に進むことができました!」
老司書は、うなずくだけで何も言わなかった。
ただ――静かに、道を開けた。




