53. ずるすぎる反則
そして――最後に。
レオンは、少し驚いた顔をしているエリナの前に立った。
黒曜石の瞳が、レオンを見つめている。
その瞳には――期待と、不安と、そして切なさが混在していた。
「エリナ」
名前を呼ばれて、エリナの心臓が跳ねる。
「……みんなを率いてくれて、ありがとう」
レオンは、エリナを抱きしめた。
「え……あ……」
その温もりに、エリナの思考が停止する。
レオンの腕の中。
彼の体温。
彼の心臓の音。
彼の、全て――。
(……ずるい……)
涙が、溢れそうになる。
さっきまでの嫉妬も、疎外感も、全てが溶けていく。
(こんなの……ずるすぎるわよ……)
エリナは、レオンの背中にそっと手を回した。
そして――小さく、呟く。
「……バカ」
でも、その声は――優しかった。
四人の乙女たちは、心臓が爆発しそうになるのを感じていた。
全員、顔を真っ赤にして、その場に固まってしまう。
レオンは、少し照れくさそうに笑った。
「じゃあ、もう寝よう。お、おやすみ」
照れ隠しをするように早足で自室へと去っていく。
その背中は――もう、迷っていなかった。
◇
残された四人は、しばらく――ただ呆然と立ち尽くしていた。
そして。
顔を、見合わせる。
全員、頬が真っ赤で、目が潤んでいて、呼吸が荒い。
まるで、同じ夢を見ていたかのように――。
一斉に、自分の燃えるように熱い頬を、両手で押さえた。
「……今の、反則じゃない?」
最初に口を開いたのは、ルナだった。
「……うん、反則」
シエルが、小さく頷く。
「……ずるいですわ」
ミーシャが、純粋に幸せそうな、少女らしい笑顔を浮かべた。
「……バカ」
エリナが、呟いた。
その声は――優しくて、愛おしくて、そして少しだけ、切なかった。
四人は、再び顔を見合わせる。
そして――。
クスクスと、笑い始めた。
理由なんて、ない。
ただ、幸せで。
ただ、嬉しくて。
ただ、レオンが――大好きで。
暖炉の炎が、静かに揺れている。
その光の中で、四人の少女たちは――頬を染めて笑っていた。
失われた光――。
【運命鑑定】という、神がかったスキル。
だが――。
新たな光が、灯り始めていた。
それは、スキルなんかよりも、ずっと温かくて。
ずっと強くて。
ずっと、眩しい光――。
絆という名の、光だった。
薪がパチッ!とはぜ、火の粉が舞う。
『アルカナ』の新居は、少女たちの幸せな笑い声で満たされていた。
◇
――翌朝。
窓から差し込む柔らかな朝日が、ダイニングテーブルを照らしている。
湯気の立つコーヒーにパンの焼ける香ばしい匂い。窓の外からは、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
昨夜の出来事が嘘のような――穏やかな朝の光景。
レオンは窓辺に立ち、朝日を浴びながら深呼吸をした。
胸の奥が、温かい。
昨夜、仲間たちに支えられて――ようやく、前を向けるようになった気がする。
(そうだ。一人で抱え込まなくていいんだ)
その想いが、心を軽くしてくれる。
失われた【運命鑑定】の喪失感は、まだ胸の奥に重く沈んでいる。けれど――もう、それに押し潰されそうにはならない。
仲間がいる。
信じられる仲間が、すぐそばにいる。
それだけで、レオンは――。
ボンッ!
「きゃあああ!?」
突如、キッチンから爆発音と共に、ルナの悲鳴が響き渡った。
「へ?」「ありゃぁ……」「ルナだわ……」
ダイニングにいたレオンたちが、一斉に顔を見合わせる。
次の瞬間――。
キッチンのドアが勢いよく開き、顔中に黒いススをつけたルナが、涙目で飛び出してきた。
赤い髪は爆発したように逆立ち、寝間着は煤で汚れ、緋色の瞳からは大粒の涙がこぼれている。
「うわーん! ちょっとだけ魔力を込めて、ゆで卵を作ろうと思っただけなのにぃ!」
その姿は、まるで戦場から帰還した兵士のようで――けれど、どこか愛らしく、思わず笑ってしまいそうになる。
「またなの……ルナ……」
シエルが天を仰ぐ。銀髪を揺らしながら、深いため息をついた。
「昨日のお肉焦がした時に、料理で魔術の実験しないって約束したでしょ?」
「う……そ、それは……」
ルナが口ごもる。図星らしい。
「朝食のおかずが……」
エリナががっくりと肩を落とす。
テーブルの上には、焼きたてのパンとベーコンが用意されていたが――卵料理が全滅してしまったらしい。
「レオンへの料理だと思うと爆発してしまいますのね♪」
ミーシャだけは優雅にコーヒーをすすりながら、その惨状を微笑ましげに眺めていた。空色の瞳が、悪戯っぽく輝いている。




