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51. 一枚の絵画

 次の瞬間――。


 パタ、パタ、パタ。


 静かな足音が近づいてくる。


 現れたのはシエルだった。


 シエルは、そんな二人を見ると、静かに微笑んだ。


 銀髪を暖炉の明かりに輝かせながら、ルナの反対側にそっと座る。


 シエルは、レオンの力なく膝に置かれた手を見つめた。


 その手が――微かに、震えている。


 シエルはキュッと口を結ぶと、その震えを止めるように両手でそっと、しかし力強く包み込む。


 まるで、騎士が王に忠誠を誓うかのように。


「ボクはいつも、いつまでも――レオンのそばにいるよ?」


 碧眼が、真っ直ぐにレオンを見つめる。


 核心を突く言葉に、レオンの肩が微かに揺れた。


 喉の奥が、熱くなる。


 レオンは、そっと両手でシエルの手を包んだ。


 小さな、けれど温かな手。


 その温もりが、凍てついた心に染み渡っていく。


「あらあら、お二人とも抜け駆けですわね」


 軽やかな声と共に、ミーシャが姿を現す。


 彼女は悪戯っぽく微笑むと――レオンの足元に優雅に座り込み、彼の太ももにふわりと頭を乗せた。


 まるでそこが、自分だけのために用意された玉座であるかのように。


 目を閉じ、彼女は囁く。


「絶望のどん底で『未来は明るい』って教えてくれたのは、あなたでしたわ」


 空色の瞳が、薄く開かれる。その奥に、深い慈愛の光が宿っていた。


「『禍福(かふく)(あざな)える縄の如し』――今は明かりが見えなくても、みんなで力を合わせれば、必ず明るい未来につながりますわ。あなたがそう教えてくださったのですもの」


 彼女の手が、レオンの太ももを優しく撫でる。


 それは官能的な仕草でありながら、まるで聖職者が穢れを祓うかのような、神聖ささえ感じさせた。


 三者三様の励まし、温かな体温から伝わってくる優しさ――――。


 それらが、レオンの中で凝り固まっていた不安を、少しずつ、少しずつほぐしていく。


(そうだ……)


 レオンの心に、一筋の光が差し込んだ。


(自分一人で何とかしようとしていた……)


 それが、間違いだったのだ。


 無力な自分は何もできない。みんなを守れない。また、大切な人を失ってしまう――そう思い込んでいた。


 でも、違う。


 彼女たちとチームで解決していけばいいのだ。


 エリナには圧倒的な剣技がある。ミーシャには大賢者の知恵がある。ルナには竜殺しの魔力がある。シエルには神弓の才能がある。


 だから自分は――みんなの力を一つにする心の拠り所になればいい。


 スキルがなくたって、心の柱にはなれる。


 胸を張って、にこやかにみんなを元気づけ、みんなから相談をしてもらえる存在になればいい。


 それが、リーダーとしての自分の役割なのだ。


 レオンは、深く息を吸い込んだ。


 そして――。


「ありがとう……」


 声に、力を込める。


「もう大丈夫。アルカナの未来は明るい!」


 力強くそう言うと、レオンはキュッと口を結んだ。


 翠色の瞳に、再び光が宿る。


 少女たちは、もう何も言わなかった。


 ただ――微笑んで、彼に寄り添う。


 ルナは彼の腕にしがみつき、その温もりで彼を包む。


 シエルは彼の手を両手で温め、決して離さないという意志を示す。


 ミーシャは彼の鼓動に耳を澄まし、その命の音を確かめる。


 その温もりと安心感に包まれ――レオンの意識は、静かに、深く、穏やかな眠りへと落ちていった。


 彼を守るように、少女たちもまた、寄り添ったまま静かな寝息を立て始める。


 炎が、静かに揺れている。


 時おり、パチ、パチ、と薪がはぜる音。


 四人の寝息が、重なり合う。


 暖炉の温かな光の中で――一人の少年と、三人の少女が、寄り添って眠っている。


 まるで、どんな嵐が来ても決して離れないという――そんな誓いを立てるかのように。



       ◇



 パタ、パタ、パタ――。


 最後に、もう一人の足音が廊下に響く。


 黒髪を解いたままパジャマ姿のエリナが、リビングの入口に現れる。レオンの気配がしないことに気づいて、心配になって探しに来たのだ。


 そして――。


 その光景を、目にした。


 暖炉の炎に照らされた、ソファ。


 レオンを中心に、幸せそうに寄り添って眠る三人の少女たち。


 四人の顔には、穏やかな安らぎの表情が浮かんでいた。


「あら……」


 エリナの足が、止まる。


 それは――一枚の絵画のように美しい光景だった。


 炎の明かりに揺れる、寄り添う四人。


 まるで、この世界で最も幸福な瞬間を切り取ったかのような――。


 けれど。


 エリナの胸に、複雑な感情が湧き上がる。


(私の……居場所は?)


 疎外感。


 自分だけが、その輪の外にいるような。


 自分だけが、レオンから遠いような。


 そして――。


 チリチリと、胸を焼く感覚。


 嫉妬の炎が、心の奥底で灯った。



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