48. 柔らかな感触
「レオン……大丈夫?」「ご、ごめんなさい、私……」
レオンはにっこりとほほ笑みながら、心配そうに見つめてくる四人の美少女を見回した。
エリナの黒曜石のような瞳。ミーシャの空色の瞳。ルナの緋色の瞳。シエルの碧眼。四人四様の美しさが、湯気の中に浮かび上がっている。
「胸のサイズなんてどうでもいいんだよ。みんな、一人一人、眩しいくらい素敵なんだ……」
心の底からの言葉が、自然と口をついて出た。
「え?」「あら……」「ほ、本当……?」
ほほを赤らめる女の子たち。しかし、ミーシャだけはガシッとシャワーヘッドをつかんだ。
「何をそんな優等生っぽいこと言ってんのよ! この誑しがぁぁ!」
なんと、ミーシャはシャワーを最大出力でレオンの顔にぶっかけた。
「ぶはぁ!!」
「ダメよ! 何してるのよぉ!」
「そうよ、せっかく【素敵】って言ってくれてるのにぃ」
他の子は慌てて制止する。
「あんたたちは本当にチョロいわねぇ!」
「チョロくたっていいの! シャワーを渡しなさい!」
エリナがミーシャの腕を引っ張る。
「止めてよぉ!」
「危ない! 危ないって! 落ち着いて! ぶはぁ!!」
「何すんのよぉ!」「キャァ! 冷たいって!!」「ミーシャ! ダメってばぁ!」
四人がもみ合いになってエリナがミーシャのシャワーヘッドを奪った時だった――。
つるっとエリナの足が舞い上がる。
大理石の床は滑りやすかった。特に、濡れた素足では――。
「おわぁ!」「ひゃぁ!」「ちょっともぉ!」「いやぁぁぁ!」
四人は折り重なるようにレオンの上に倒れこんだ。
ドサッ!
鈍い音と共に、レオンの体に四人分の柔らかな重みが一気に圧し掛かる。
甘い香り。濡れた髪。温かな体温。そして少女たちの柔肌――。
「おほぉ……」
四人の柔肌に全身押しつぶされ、レオンは目をグルグルとまわした。
エリナの黒髪がレオンの顔にかかり、ミーシャの金髪が胸元に絡みつく。
全身のあらゆる場所から、名状しがたい柔らかな感触が押し寄せてくる。これは――これは――。
(なんで、こんなことになってるの……僕?)
あまりの刺激の強さに、レオンは鼻血をブフっと吹くと、意識が徐々に薄らいでいった。
視界が白く霞んでいく。耳鳴りがする。心臓が、今度こそ本当に止まりそうだ――。
「レオン!?」
「し、しっかりして!」
「大丈夫!?」
「ダメ! ヒールよ! ヒールかけて!!」
少女たちの心配そうな声が、遠くから聞こえてくる。
しかし、その声すらも、次第に遠ざかっていく――。
◇
――その後、レオンは少女たちに介抱され、何とか意識を取り戻した。
スキルは失った。けれど、こんな風に自分を心配してくれる仲間がいる。
それだけで、レオンは十分に幸せだと思えた。
賑やかで、騒がしくて、落ち着かない日常。
けれど、これこそが――レオンが守りたいと願った、大切な仲間との時間なのだ。
失われた運命を嘆くより、今ここにある絆を大切にしよう。
レオンは、そう心に誓った。
少女たちの姦しい笑い声と、レオンの悲鳴(と失神)で彩られた新生活――――。
スキルを失った軍師と、彼を慕う四人の少女たちの、新たな物語が始まろうとしていた。
◇
その晩――――。
レオンはベッドに寝転がりながら、天井を見つめていた。
時折女の子たちがパタパタとスリッパの音を響かせながら、前を通っていく音がする。そろそろ寝る時間だ。
(いい夢見て欲しいな……)
レオンはごろんと寝返りを打って胸に手を当てた。そこには、もうスキルは宿っていない。
未来を視る眼。運命の分岐点を教えてくれる、あの神がかったスキル。
全てが、消えてしまった。
レオンは深いため息をつき、枕に頭を沈める。
(どうして……あの呪いを見抜けなかったんだろう?)
セリナが放った【スキル破壊の呪い】。あれは明らかに、運命を大きく変える事象だったはずだ。
けれど、【運命鑑定】は何も警告してくれなかった。
(なぜ……?)
【運命鑑定】は、これまで重大な転機を全て伝えてくれていた。
賞金首ゴードンの馬車を予知した時も、ストーンウォールのスタンピードを予測した時も、全て完璧だった。あのスキルがあったからこそ、レオンは絶望の淵から這い上がることができたのだ。
それなのに――こんな重大な事態を、【運命鑑定】が見落とすなんてことがあるのだろうか?
レオンは目を閉じ、あの時の光景を思い返す。
セリナの手から放たれた、禍々しい紫のドクロ。エリナを庇って、その身に受けた瞬間――全身を貫く、焼けるような痛み。そして、胸の奥で何かが砕け散る感覚――。
(【運命鑑定】自身のことだから……見えなかった?)
そんな可能性も頭をよぎる。
【運命鑑定】は未来を視るスキルだが、もしかしたらスキル自体に関わる事象は予知できないのかもしれない。それは、目が自分自身を見ることができないのと同じ理屈だ。
(うーん、それはあるかなぁ……?)
しかし、どうにも腑に落ちない。




