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44. 絆

 レオンは頭を抱えた。


 両手で髪をかきむしり、膝を抱え込む。


 これは直るのだろうか――?


 そもそもスキルが壊れた例など、聞いたことがないのだ。スキルは神から与えられた絶対の力。それが損なわれるなど――前例がない。


 つまり、治療法も、回復方法も、何もわからない。


(もし……もし、直らなかったら?)


 その考えが脳裏をよぎった瞬間――。


 レオンの心に、絶望が流れ込んできた。


 思い描いていた輝かしい未来が、音を立てて崩れていく。


 少女たちと共に最強のパーティを作る夢。


 大陸中にアルカナの名を轟かせる夢。


 全てが――霧のように、消えていく。


「くぅぅぅ……っ」


 喉の奥から、苦しげな声が漏れた。


 レオンは再び、無力な自分と向き合わされる。


 戦えない。血を見れば体が動かなくなる。そして今、未来を視る力も失った。


 自分には、何が残っているのだろう?


 スタンピードを止めたのは、少女たちの力だ。カインを倒したのも、エリナの剣だ。


 自分は――ただ、指示を出していただけ。


 それすらも、【運命鑑定】が教えてくれたことを伝えていただけ。


 自分自身の力じゃない。スキルの力だったんだ。


 本当の自分には、何もない。


 何もできない、ただの――無力な少年。


 追放された時と、何も変わっていない。いや、むしろ悪化している。あの時は、まだスキルがあったのだ。


 今は、それすらも失った。


 完全に、何もない。


 レオンは、ベッドに倒れ込んだ。


 力が、抜けていく。


 天井を見つめる――――。


 暗闇の向こうの白い天井が、やけに遠く見えた。まるで、手の届かない場所にあるかのように。


「なんなんだよぉ……」


 小さく、かすれ声で呟く。


「なんで、俺ばっかり……」


 涙が、零れた。


 止めどなく溢れてくる熱い雫が、頬を伝って枕を濡らす。


「俺は、何のために生きてるんだ……?」


 声が、震える。


 暗闇がレオンを包み込んでいた。


 少年は、ただ一人――絶望の海に沈んでいく。



      ◇



 翌日――――。


 レオンは、部屋から出られなかった。


 ベッドでごろごろと横になりながら、ぼんやりと天井を見つめ続ける。起き上がる気力すら湧いてこない。食欲もない。ただ、無気力に時間だけが過ぎていった。


 窓の外から、鳥の声が聞こえる。


 世界は、何事もなかったかのように動き続けている。だが、レオンの時間だけが止まっていた――――。



      ◇



 コンコン。


 昼過ぎ――扉をノックする音が響いた。


「レオン……入るわよ」


 エリナの声だった。


 返事をする気力もないレオンを気にせず、扉がゆっくりと開く。


 そこには、少女たち四人が立っていた。


 皆、どこか不安そうな、それでいて決意に満ちた表情をしている。


「あの……お昼、作ったの」


 シエルが、遠慮がちに言う。


 その手には、木のお盆。その上には、簡単な料理が乗っていた。


 それは――焦げた肉だった。


 真っ黒に焦げた、もはや炭に近い何か。そして、不器用にガタガタに切られた野菜の煮物。大きさがバラバラで、煮込み時間も怪しい微妙な見た目をしている。


 お世辞にも、美味しそうとは言えなかった。


「あ、あの……私たち、料理とか、あんまり得意じゃなくて……」


 ルナが、真っ赤な顔で言い訳する。


「ごめんなさいね。もっと美味しく作れればよかったんだけど」


 ミーシャも、珍しく申し訳なさそうにうつむく。


「……食べなきゃ体に悪いわ。食べてよ?」


 エリナが、ぶっきらぼうに言った。


 その顔は、少し赤い。彼女なりにレオンの身体を心配しているのだろう。


 レオンの胸に、温かいものが込み上げてきた。


 少女たちは、誰も料理が得意じゃない。エリナは復讐のために剣の修行ばかりしてきたし、ミーシャは孤児院で料理当番はあったかもしれないが、率先してやるタイプじゃない。ルナは魔法学院で寮暮らし、シエルは公爵令嬢で料理など習ったことがなかった。


 それでも――。


 レオンのために、一生懸命作ってくれたのだ。


 不器用に、必死に。


「……ありがとう」


 レオンは、体を起こした。


 お盆を受け取り、震える手でフォークを握る。


 焦げた肉を、口に運ぶ。


 硬い。そして、苦い。


 だけど――。


「美味い……」


 涙が、こぼれた。


 こめられた気持ちが、嬉しくて。


 自分は一人じゃない。こんなにも、自分のことを想ってくれる仲間がいる。


 スキルを失っても、力を失っても――この絆だけは、失われていない。


「レオン……!」


 少女たちが、ベッドの周りに集まってくる。


「泣かないで……」


「私たちがいるから……」


「レオンは一人じゃないんだから……」


 優しい言葉が、レオンを包み込む。



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