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36. 幸せの重み

 広いエントランスの奥にはダイニング、その隣は広大なリビングで暖炉も見える。


 家具付きなので、テーブルやソファももう備わっていた。磨き上げられた木製のテーブル、ビロードの張られた椅子、そして窓辺には読書用の小さな机まである。


「うわぁ、ひろーい! ふふっ!」


 ルナはタタッと駆ける。その赤髪が元気に揺れ、喜びが全身から溢れ出ていた。


「あぁっ! ルナ! 走らないの!」


 エリナは怒るが、その顔には隠し切れない喜びが浮かんでいる。


 ルナはピョンとソファに飛び込んだ。


「わぁ! ふかふかだ!」


 ルナの身体が、上質なソファの柔らかさに包まれる。雲の上に寝転んでいるような、そんな感覚に彼女は目を輝かせた。


「私もー!」


 シエルも嬉しそうにルナの隣に飛び込んだ。二人の楽しそうな笑い声が、リビングに響く。天井が高いため、その声が心地よく反響した。


「何をやってんの! この娘たちはー!?」


 ミーシャは嬉しそうに二人の上に覆いかぶさるようにのしかかる。


「いやぁ! 重ーい!」


「重いってばぁ!」


 二人の悲鳴が、さらに笑い声を誘う。三人が折り重なって、まるで子供のようにはしゃいでいた。


「ははっ、いいソファですわ……」


 ミーシャは満足そうに微笑んだ。その空色の瞳が、幸せに輝いている。


「はいはい! まだ借りるって決めて無いんだから、はしゃいじゃダメだよ!」


 レオンは苦笑しながらたしなめる。だが、その表情は柔らかかった。


「げ、元気でよろしいですな。はははは……」


 案内のおじさんは引いている。その表情には、明らかな戸惑いが浮かんでいた。こんな自由奔放な少女たちは、長年の不動産業でも初めてだった。


       ◇


「当館の目玉はこちら、大浴場です」


 続いておじさんは、広い大理石造りの豪奢な浴室に案内した。


 扉を開けた瞬間――。


「えっ!? これがお風呂?」


「ひろーい!」


「素敵だわ!」


「これはいいわね!」


 女の子たちは陽の光が降り注ぐ純白の浴室内をあちこち眺め、盛り上がる。


 ところどころに配された幻獣の石像――獅子、龍、そして不死鳥。広いバスタブはまるで貴族クラスで、ステンドグラスが陽の光を受けて虹色の光を投影し、まるで宝石箱の中にいるかのような幻想的な空間を作り出していた。


「給湯は最新式の魔道具で、清掃も自動でできるんですよ」


 おじさんは壁のボタンを押した。すると、ボシュッ!と音がして、幻獣の石像の口からお湯が出てくる。


「うはぁ、これはすごい……」


「便利ねぇ……」


 少女たちは驚きに目を見開く。湯気が立ち上り、ほのかな花の香りが漂ってきた。


「こっちのボタンを押すと……」


 おじさんがもう一つのボタンを押すと、バシュ!っと音がして、浴室内が青い閃光に包まれた。


「うわぁ!」


「ひぃ!」


 少女たちが思わず身を寄せ合う。


「あ、ごめんなさい。でも、これで床も壁もピッカピカで衛生的になるんです。浄化魔法(クレンジング・スペル)を自動で発動させる魔道具でして、カビや汚れを完全に除去できます」


「す、すごい……」


 その先進的な機構に一同は圧倒された。魔道具の技術は、ここまで進化しているのか。


「これなら毎日お風呂に入れるね!」


 ルナが嬉しそうに言う。


「うん! 野宿してた時は、川で体を洗うのが精一杯だったもんね……」


 シエルの声が、少し震えた。過去の辛い記憶が蘇ったのだろう。


「もう大丈夫よ。これからは、毎日こんな素敵なお風呂に入れるんだから」


 エリナが優しく肩を抱く。



 その後、各居室を見て回った。


 二階には五つの寝室があり、それぞれに広いベッドと机、そして大きなクローゼットが備わっていた。窓からは街の景色が見渡せ、遠くには山々の稜線が美しく連なっていた。


「この部屋、私がいい!」


「じゃあ、私はこっち!」


 少女たちは、それぞれ気に入った部屋を選んでいく。


 外構も確認した。庭には訓練用のスペースもあり、壁は厚く、塀も高い。


 レオンは慎重にあらゆる侵入経路を確認する。何しろ襲撃が計画されているのだ。窓の強度、扉の鍵、塀の高さ――すべてを念入りにチェックしていった。



      ◇



「じゃあみんな、ここでいいかな?」


 レオンは少女たちを見回した。


「うん!」「最高!」「決まり決まり!」「よろしくてよ?」


 みんな嬉しそうに答えた。


 レオンは幸せそうにうなずく。


「では、こちらに決めます!」


「おぉ、ありがとうございます! ではこちらにサインを……」


 おじさんは契約の魔道具を使って契約を表示させ、レオンはサインした。


「……。これでいい?」


「はい! ご契約ありがとうございます。今この瞬間からご自由にご利用ください。鍵はこちらです」


 おじさんはニコニコしながら鍵の束をレオンに渡した。


「やったぁ!」


「アルカナのお城だね! ふふっ!」


「夢みたい……」


「飾り付けもやりましょ?」


 女の子たちはキラキラとした笑顔で、石造りの壮麗なお屋敷を見上げた。


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