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23. 悪魔の蹂躙

 レオンも目を固く閉じ、ただ二人を抱きしめる。【運命鑑定】は生存の可能性を示してくれてはいるものの、そこに保証などないのだ。


 三人はただ必死に祈り続けた。


 火山弾は次々と積み重なり、やがて三人は井戸に閉じ込められたように、光は遮られ、暗闇が彼らを包む。息苦しく、熱く、そして絶望的に恐ろしい空間。


 どれほどの時が経っただろう。


 永遠とも思える恐怖の時間の中で――――。


 ポゥ――。


 三人の体が、突然虹色に輝き始めた。


「へ?」

「こ、これは……?」

「まさか……」


 ポゥポゥポゥポゥポゥポゥ……。


 止まらない光の連鎖。まるで、天界から祝福が降り注いでいるかのように、次々と光が爆発する。


 レベルアップ。

 また、レベルアップ。

 さらに、レベルアップ。


 三万の魔物を葬った功績が、神々の加護となって三人の存在を書き換えていく。全身の細胞が再構築され、魂が何段階も昇華していく。


「す、凄い……」


 ルナが震える声で呟く。体中に今まで感じたことのない、圧倒的な魔力が奔流のように駆け巡る。血管が光の糸のように輝き、心臓が新たな鼓動を刻み始める。


「これが……三万体分の加護……」


 ミーシャも信じられないという表情。大賢者(だいけんじゃ)への道が、突如として開かれたのを感じる。知識が、理解が、叡智が、濁流のように流れ込んでくる。


 レオンも【運命鑑定】の力が飛躍的に強化されていくのを感じていた。


「やったんだ……俺たち、本当にやったんだ」


 火山弾の壁に囲まれた、墓穴のような小さな空間で、三人は抱き合って泣いた。


 恐怖の涙ではない。

 安堵の涙でもない。

 それは、奇跡を成し遂げた者だけが流せる、勝利の涙だった。


 互いの温もりを確かめ合いながら、生きていることを、そして十万の命を救う大きな一歩を実現したことを、魂の奥底から噛みしめる。


 『アルカナ』の伝説は、この瞬間、真に始まったのだった。



      ◇



 そのころ(ふもと)では――――。


 兵士も魔物も、いきなり黒煙が天を貫くのを見上げた。


 まるで冥府の柱のように、噴煙が数千メートルの高さまで立ち昇り、朝日を完全に遮った。世界が、一瞬にして薄暮に包まれる。


 吹き飛んだ灼熱の岩石と火山灰が混じり合い、重力に引かれて崩落を始める。それは時速数百キロメートルで谷を駆け下る、摂氏八百度の地獄の濁流となった。


 火砕流――――。


 触れた瞬間に全てを炭化させる、究極の死の津波。


 魔物たちが異変に気づいた時、もう手遅れだった。


「フゴォ!?」


 巨大な大鬼(オーク)が、信じられないという顔で山を見上げる。その瞳に映るのは、煙を噴き上げながら迫ってくる灰色の津波。


 灰色の火砕流が、谷を埋め尽くしながら迫ってくるのだ。


「ンゴォ! ンゴォ!」


「グワォ! グォッグォッ!」


 パニックが、瞬時に三万の軍勢を飲み込んだ。


 小鬼(ゴブリン)が転び、オークが踏みつけ、巨人(トロール)が仲間を押しのけて逃げようとする。統制など、もはや存在しない。あるのは、原始的な恐怖だけ。


 だが――。


 時速数百キロの死から、逃れる術などなかった。


 ブギィィィ! ギョワァァァ!


 灼熱の奔流が、全てを飲み込んだ。


 触れた瞬間、肉が炭化する。

 次の瞬間、骨が灰になる。

 最後には、存在そのものが消滅する。


 三万の軍勢が、まるで朝露が太陽に消えるように、一瞬で無に帰していく。


 オークの巨体も。

 ゴブリンの群れも。

 トロールの怪力も。

 全てが等しく、塵となった。


 谷全体が、灰色の墓場と化す――――。


 かつて多くの実りをもたらした豊かな大地は、今や月面のような荒涼とした風景に変わり果てた。


 生命の気配は、完全に消え去った。



     ◇



 砦の城壁の上――――。


 三百の兵士たちが、その光景を呆然と見つめていた。


「こ、これは……」


 老兵の震え声が、静寂を破る。魔物の襲来以上の恐怖に震えた。


「これが神の……怒りか……」


 別の者が、恐怖で膝をつく。武器を取り落とし、両手で顔を覆う。


「いや、悪魔の蹂躙だ……」


 みんな悲痛な表情でその惨状を呆然と見つめていた。


 確かに敵は滅んだ。三万の脅威は消え去った。


 だが――。


「人間が、こんなことを……?」


 司令官ガルバンも、言葉を失っていた。


 五十年の戦歴で、数多の死を見てきた。剣で斬られる者、矢に射抜かれる者、魔法で焼かれる者。だが、これは違う。


 これは戦いではない。

 これは殺戮ですらない。

 これは――抹消だ。


 存在そのものを、一瞬でこの世から消し去る行為――――。


「まずい……まずいぞ……」


 ガルバンの額に、冷や汗が流れる。革鎧の下で、心臓が早鐘のように打っている。


 もし、この力が自分たちに向けられたら?

 もし、レオンたちが敵に回ったら?

 もし――。


「レオン殿は……一体、何者なのだ……」


 誰も答えられない。


 ただ、灰に覆われた谷を見つめるばかり。



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