22. 巨人の戦鎚
「ちょ、ちょっと待って……」
レオンは気おされ、後ずさりした。
「そのクソスキルであたしらを騙しやがったな……」
自分が失敗したという事実を受け入れられず、行き場のない恐怖と絶望が、全て怒りとなってレオンに向けられていた。
「だから、ちょっと待ってって……」
レオンが冷や汗を垂らしながら必死に弁解しようとする。
「何だお前……土下座しろ!」
ミーシャの声が、殺気を帯びる。
「このペテン師! この落とし前、どうつけるつもりなのよ!?」
「いや、土下座なら後でいくらでも……今は――」
「黙れ! 詐欺師!」
ガキッ!
ミーシャの聖杖が、レオンの頭を思い切り殴りつけた。
鈍い音と共に、レオンがよろめき、膝をつく――――。
「止めて! 何するのよぉ!」
ルナが悲鳴を上げて二人の間に飛び込む。小さな体で、必死にミーシャを押しとどめる。
「今、仲間割れしてる場合じゃないでしょ!」
「大丈夫だ……」
レオンがゆっくりと立ち上がる。焼けただれた手で、額の傷を押さえる。指の間から、温かいものが流れ落ちる。
「殴るので気が済むなら、もっと殴ってくれていい……だが、話を聞いてくれ…。」
ツーっと鮮血が、レオンの顔を真っ赤に染めていく。
水蒸気で陰っていた薄明が晴れ、レオンの全身が露わになる。
血が紅玉のように輝いた。
「あっ……」
腕は焼けただれ、水膨れだらけ。
顔も首も、真っ赤に腫れ上がっている。
服は焦げて、ボロボロ。
そして今、額から流れる鮮血。
ルナを守るために、自分の身を犠牲にした傷跡。
「あ……、あわわわ……。ご、ごめんなさい!」
ミーシャの顔から血の気が引く。怒りが、一瞬にして後悔へと変わった。
「あ、あたし……何てことを……」
こんなに傷ついてまで、皆を守ろうとしている少年。詐欺師であるはずがない。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ミーシャが震える手で治療魔法を紡ぐ。黄金の光が、レオンの傷を優しく包み込んでいった。
涙が止まらない。聖女を演じ続けてきた少女が、生まれて初めて見せる本物の涙。心の奥底から湧き上がる、純粋な後悔の涙。
「ごめんなさい……あたし、最低だ……」
ミーシャがポロポロと涙をこぼしながら必死に治癒魔法をかけていく。
「いや、不安になる気持ちも分かるんだ。僕も、一瞬諦めかけた。でも――」
ゴゴゴゴ……。
再び、大地が唸り始めた。
それは、先ほどとは比べ物にならない、深い、重い振動。マグマにまで到達していた亀裂が徐々に大きくなり、再度火山活動が始まったのだ。
揺れが急激に強まる。立っていられないほどの激震。岩が砕け、地面に亀裂が走る。
「ま、まずい! 逃げよう!」
レオンが二人の手を掴み、一気に山を駆け下りる。
「うひぃぃぃ!」
「やばいやばいやばい!」
「いやぁぁぁ!」
岩が転がり落ち、地面が割れ、硫黄の煙が噴き出す。まるで、大地そのものが怒り狂っているかのよう。
直後――。
ものすごい衝撃とともに山腹が、文字通り吹き飛んだ。
真っ黒な噴煙が、天を突き刺すように一気に数千メートルまで噴き上がる。まるで、地獄の釜が完全に開いたかのよう。世界の終わりを告げるような雷鳴が連続して轟きわたった。
「あそこだ!」
レオンが【運命鑑定】の示す巨岩の陰を指差す。三人は転がるように飛び込んだ。
次の瞬間――。
灼熱の爆風が、頭上を通り過ぎていく。髪が焦げ、肌が焼ける。息をすることすらできない、地獄のような熱気。
「熱い! 熱い!」
「息が……できない!」
「死ぬ! 死んじゃう!」
三人が必死に身を寄せ合う。
だが、不思議なことに、岩陰だけは安全だった。まるで、見えない力に守られているかのように。
やがて爆風が収まると、新たな恐怖が襲いかかる。
ガン! ガガン!
異様な破裂音が、闇に包まれた世界から響いてくる。真っ黒な噴煙で覆い尽くされた空から、灼熱の岩塊が雨のように降り注いでいるのだ。火山弾――死の雨。
「あ、危ない!」
ミーシャは咄嗟に聖なる障壁を傘のように三人の上に展開する。黄金の光が、最後の希望のように輝く。
そして地獄の空爆が始まった。
ドガガガガ、ガン、ガン!
樽ほどもある火山弾が、まるで神々の怒りのように降り注ぐ。数百キロはありそうな巨岩が地面に激突する度に、大地が断末魔の悲鳴を上げる。
火山弾が次々と聖なる障壁を空爆する。まるで巨人が戦鎚で殴打しているかのような、凄まじい衝撃。シールドが軋み、蜘蛛の巣のようにひび割れていく。
「ひぃぃぃ!」
「いやぁぁぁ!」
ミーシャもルナも、ただの怯える少女となってレオンにしがみつく。小さな体が、死への恐怖でがたがたと震えている。




