16. 三つの戦場、運命の交差点
兵士全員が揃うのを確認し、ガルバンが声を張り上げる。
「聞け諸君! 我が軍に【神】が味方した!!」
ざわめきが波のように広がる。みんなポカンと口を開け、何を言い出したのか? という雰囲気。
ガルバンがミーシャに目配せした。
ミーシャは内心でニヤリと笑う。
(うふふ、出番ですわね)
優雅に前に出ると、両手を天に掲げた。
「皆さま! 神は我々に勝利を約束してくださいました!」
瞬間――。
ぶわぁぁぁぁ!と、黄金の神聖力が、まるで太陽が降臨したかのように爆発的に解放される。
「おぉぉぉ!」
「ま、まさか……」
「す、凄い……聖女様だ!」
兵士たちの死んだ瞳に、光が宿り始める。
ミーシャは完璧な聖女の微笑みを浮かべながら、高々と宣言する。
「明朝、偉大なる神の炎によって、魔物たちは全て灰と化すでしょう!」
うぉぉぉぉぉ!
歓声が、希望の雄叫びが、中庭を震わせた。
ブラッドが前に出て、豪快に拳を天に突き上げる。
「おい! お前らラッキーだな! 神の御業をこの目で見られるなんて、一生に一度あるかないかだぜ!」
「そ、そうだ!」
「奇跡が見られる!」
「俺たちは選ばれたんだ!」
死を待っていた兵士たちが、まるで祭りの前夜のように騒ぎ始める。
ガルバンはミーシャの効果に驚きながらも安堵の息を漏らす。気持ちで負けてたら、どんな策も無意味なのだ。
「後ほど、神の力を最大限に活かす作戦を伝える! 各自、全力で遂行せよ!」
ガルバンはそう叫ぶと大きくこぶしを突き出す。
「イェッサー!」
「イェッサー!」
「イェッサー!」
三百の敬礼が、力強く揃った。
「我々は神とともにある!!」
「おぉぉぉぉ!」
地響きのような雄たけび。もう、死人の眼ではない。戦士の眼だ。
空は、不気味に赤く染まり始めていた。
魔物の群れが巻き上げる土煙が、夕日を血の色に変えている。
そんな死の砦に、小さな灯が宿った。
それは崖っぷちで灯った狂気という名の希望。
五人の若者が運んできた、最後の光――――。
エリナが剣の柄を握る。「いよいよ、本番ね」
ルナが震えながらも杖を抱く。「で、できるよね?」
シエルが深呼吸する。「大丈夫、レオンを信じよう」
ミーシャが眉をひそめながら本音を漏らす。「うふふ、面白い賭けですわね」
レオンはそんな四人を静かに見つめる。
【運命鑑定】が示す未来は、確かにある。
でも、それを掴むためには――。
(俺たち全員が、限界を超えなければならないだろう)
レオンはキュッと口を結んだ。
向こうの稜線が、完全に黒く染まる。
明日の朝、この砦は蹂躙されているか。
それとも、伝説となっているか――――。
賽は、投げられた。
もう、後戻りはできない。
◇
それは、三つの戦場で同時に奏でられる、壮大な逆転劇の序曲――――。
運命の糸が複雑に絡み合い、少女たちの覚醒が始まろうとしていた。
最初に動いたのはエリナ。
月光が森を銀色に染める中、黒髪の少女は砦の精鋭二十名と共に、死の行軍を始めた。
隊を率いるのはAランク剣士ブラッド。その筋骨隆々とした背中を追いながら、エリナは【運命鑑定】が示した未来を反芻する。
(火砕流は魔物の大半を飲み込む。でも、ボスは逃げる)
(奴がリッチたちを動員して死者を蘇らせれば、三万のアンデッドが――)
ぞっとする未来。それを阻止するため、退路を断つ。シンプルだが、困難極まりない作戦だった。
暗い森を静かに進む一行。足音一つ立てない行軍。
しかし――。
「グルルル……」
赤い眼が、闇の中で光る。
「敵だ!」
ブラッドの剣が、月光を反射して弧を描く。
シュッ!
最小限の動きで、ゴブリンの喉を切り裂く。斬撃音すら上がらない、完璧な太刀筋。
「すげぇ……」
誰かが息を呑む。
エリナは、その動きを瞳に焼き付けた。
(あの足運び、あの重心移動、あの呼吸――)
次の敵。コボルトの群れ。
「行きます!」
エリナは赤い剣をスラリと抜き、ブラッドの動きを真似ようとした。
頭では分かっている。足を這わせ、腰を落とし、最短距離で――。
だが。
「くっ!」
剣が重い。体が追いつかない。
まだレベルが低い身体は理想の動きを拒絶する。剣に振り回され、バランスを崩し――。
「危ない!」
コボルトの爪が、エリナの頬をかすめる瞬間。
ガキィン!
ブラッドの剣が、横から敵を両断した。
「……ったく」
冷たい視線が、エリナを射抜く。
「おい、お嬢ちゃん」
侮蔑と苛立ちが混じった声。
「リーダー様のお気に入りなのかも知らんが、足を引っ張るなよ」
その言葉が、胸に刺さる。




