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14. 死神が撒いた種

 振り返りもせず、前だけを見てただ真っ直ぐに進む五人。


 その背中を見送る人々は、後に語り継ぐことになる――――。


ーーー


「あの朝、私たちは見たのだ」


 老婆が孫に語る。


「五人の若者が、朝日に包まれていた」


「死の大地へ向かうというのに、まるで祭りにでも行くかのように笑っていた」


「そして何より――」


 老婆の瞳に、あの日の光景が蘇る。


「彼らは輝いていた。まるで、光そのものになろうとしているかのように」


ーーー


 こうして、パーティ『アルカナ』は、伝説への第一歩を踏み出した。


 後世の歴史書には、こう記されている。


『奇跡の五人』


 だが、この朝の彼らは、ただの若者だった。


 怯えながらも笑い、

 震えながらも前に進み、

 泣きながらも仲間を信じる、

 ただの若者――――。


 死が待つ地平線に向かって、五人の影が長く伸びていく。


 その影は、やがて大陸全土を覆う、巨大な伝説となることを、まだ誰も知らない。



     ◇



 辺境の砦「ストーンウォール」。


 千年の歴史を刻む人間界最後の防壁。幾多の魔物の波を砕いてきた不落の要塞。


 だが今、その堅牢な石壁は、生きた棺となっていた。


 中庭で、若い兵士が震える手で羽根ペンを握る。


「母さん、俺はここで――」


 インクが涙で滲み、言葉が紙に染み込んでいく。書き終えることのない、最後の手紙。


 武器庫では、白髪の老兵が無言で槍を磨いていた。


「五十年、共に戦った相棒よ。最後も一緒だ」


 錆一つない刃が、虚しく松明の光を反射する。それは死出の旅の準備だった。


 三万、対、三百――――。


 百倍の絶望が、砦を押し潰そうとしていた――。


 砦の裏口。普段は使われない秘密の小さな扉が、軋みながら開く。


「援軍に来ました!」


 レオンの明るい声が、死の静寂を切り裂いた。


 【運命鑑定】が示した奇跡のルート。魔物の群れを巧妙に避け、罠を回避し、不可能を可能にしてここまでたどり着いた五人。


 門番の兵士が振り返る。その瞳に、一瞬――本当に一瞬だけ、希望の火が灯った。


 だが――。


「へ?」


 希望は、瞬く間に絶望へと変わる。


「たったの……五人?」


 声が震える。まるで、最後の藁をも失った溺れる者のように。


「しかも、Fランクの……子供じゃないか……」


 膝から力が抜ける。槍が、カランと石畳に落ちた。


「俺たちは、見捨てられたんだ」


 誰かが呟く。その声は、墓場から聞こえる死者の囁きのよう。


 中庭に集まっていた兵士たちが、死んだ魚のような目で五人を見る。


 視線は虚無へと沈んでいく。まるで、五人など最初から存在しなかったかのように。


「おい、聞いたか? 援軍は子供五人だってよ」


「ははっ……最高の冗談だな」


 乾いた笑い声が響く。それは笑いではなく、絶望の悲鳴だった。



      ◇



 砦のタワー上部。千年の歴史を刻む石造りの作戦室に、五人は通された。


 巨大な地図が広げられた円卓。その上に散らばる敵を示す黒いマーカーは、まるで死神が撒いた種のように、おぞましく辺りを覆い尽くしていた。


 司令官ガルバン・アイアンハート。


 顔に刻まれた無数の傷跡は生き延びた戦いの証だった。だが今、その瞳には諦めの色が濃い。


「聞いていると思うが……敵は三万以上。我が軍は三百」


 肩を落とし、自嘲的に笑う。


「これは戦いではない。虐殺……かもな?」


 鋭い眼光がレオンを射抜く。まるで「お前に何ができる」と問いかけるように。


 しかし――。


「司令官殿、作戦があります」


 レオンが、朝の散歩でも提案するかのような軽やかさで告げた。


「この谷の上流にある火山を、僕らが噴火させます」


「は?」

「へ?」

「な、何を……?」


 部屋の空気が凍りついた――――。


 幹部たちはお互いの顔を見合わせ困惑している。


 この地の火山が最後に目覚めたのは、三百年前。今は深い眠りについている。


「ちょうど魔物たちは谷となってる川沿いの集落に集結しています」


 レオンが地図を指差す。


「火砕流がそこを一気に流れ下り、焼き尽くします」


 ガン! ガルバンの鉄拳が地図を粉砕した。マーカーが飛び散り、まるで砕け散った理性のように床を転がる。


「貴様! 気でも狂ったか!」


 咆哮が、石壁を震わせる。


「神にでもなったつもりか!」

「子供の妄想だ!」

「出て行け、狂人め!」


 幹部たちの怒号が津波のように押し寄せる。


 だが――。


 レオンは微動だにしない。


 嵐の中の巨岩のように、ただ静かに微笑んでいる。



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