134. 廃棄リスト
「まぁ、これだけ広大な土地があれば国はできるが……」
レヴィアは、腕を組んで考え込んだ。
その表情は、難しい数式を解こうとする学者のように厳しいものだった。
「インフラはどうする? 住民はどうするんじゃ?」
「そ、そこからお願いしたいんですが……」
レオンは申し訳なさそうに答える。
ただの若者に荒れ地を国にする方法などとても思いつかないのだ。
「はぁっ!? 丸投げかい!? ええ加減にせえよ!」
レヴィアが声を荒げた瞬間――。
パーン!
またシアンの平手が飛んだ。
「もっと優しく!」
「いや、でも、ちょっと……」
レヴィアは、叩かれた頭を押さえながら抗議しようとした。
「キミに頼んどいた件は後回しでいいから、まず、彼らの力になってやって? 分かった?」
シアンはレヴィアの鼻先にビシッと人差し指を突き出す。
その碧い瞳が、静かに、けれど確実にレヴィアを捉えている。
熾天使に逆らうことなど、許されない雰囲気が伝わってくる。
「え? こっちを優先……ってことですか?」
「いやなの?」
「いや、でも、これ……一大事業ですよ?」
レヴィアの声が、弱々しくなる。
その言葉には、本音が滲んでいた。
若者の無謀な夢に付き合わされるなど、できれば避けて通りたい――――。
「あーーそう。アニメなんてあるから怠けるのかなぁ……」
シアンは無表情になって、指先を何かクルクルと動かした。
「製作スタッフには休みを与えちゃえばいいか……」
その仕草は、超常の力で社会の仕組みの根底をいじろうとする試みに見えた。
「あっ! ダメっ! 止めてください! 続き見られなくなったら死んでしまうぅぅぅ!!」
レヴィアは必死の形相で、シアンの腕にしがみつく。
たかがアニメではあるが、されどアニメである。
続きのシーンがアニメーターの技でどのような映像となって届くのか、それはレヴィアにとって日々の暮らしを鮮やかに彩る欠かせぬものになっていた。
「ふふん。じゃぁ、やる?」
シアンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……。分かりましたよぉ……はぁ……」
レヴィアは、がっくりと肩を落とした。
「ありがとうございます!」
レオンは、勢いよく頭を下げた。
「じゃが、途中で投げ出すんじゃないぞ?」
レヴィアは、鋭い視線で睨んだ。その緋色の瞳には、真剣な光が宿っている。
「これは遊びじゃないんじゃ。一度始めたら、最後までやり遂げる覚悟があるのか?」
その言葉には、幾千年もの時を生きてきた者だけが持つ深い重みがあった。
「大丈夫です! 幼い頃からの夢でしたから!」
レオンは声に揺るぎない決意を込め、胸を張って答えた。
「ふんっ! 途中で投げ出したら殺すからな!」
レヴィアは鋭くとがった犬歯を見せつけて威嚇する。
「だ、大丈夫です。そんなことにはなりません! お願いします!」
レオンはレヴィアにただの少女ではない恐ろしさの片りんを感じ、冷や汗を浮かべながら深く頭を下げた。
「はぁ……。面倒なことになっちまったのう……」
レヴィアは深いため息をついたが――その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
まんざらでもない、という表情。
「うんうん。良かった良かった。四二三五は廃棄リストからは一旦外しておくよ!」
シアンはクルクルっとまた宙に指を走らせた。
その言葉にレオンが凍りつく。
「……え? は、廃棄リストって……何ですか?」
その不気味な名前に、嫌な予感が背筋を駆け上がる。
「削除予定の星のリストだよ。旧態依然として進歩のない星は、このリストに入れて順番に消していくんだ」
シアンは、何でもないことのように答えた。
まるで、枯れた生け花を処分するかのような口調で。
「はぁっ!? じゃあ、僕がこのプロジェクトを立ち上げなかったら消されてたんですか?」
レオンの声が、裏返った。
「そうだよ?」
シアンはキョトンとして当たり前かのように小首をかしげた。
天使の美しい碧眼が夜景を映し、きらりと光る。
けれど、その奥に潜むのは、人間には理解できない、神の論理。
「マ、マジですか……」
レオンは、膝から崩れ落ちそうになった。
心臓が、激しく脈打っている。
自分たちの世界が、首の皮一枚で繋がっていた。
もし、安易な願いを口にしていたら。
もし、夢を諦めていたら。
自分たちの星の、すべての命が消えていたのだ。
自分も、エリナも、ミーシャも、ルナも、シエルも。
王都の人々も、街の子供たちも、市場の商人たちも。
すべてが、塵となって消えていた。
その重圧が、肩にのしかかってくる。
息が、苦しい。
「なんじゃ、責任重大じゃなぁ……」
レヴィアも、その切迫した事態に思わず宙を仰いだ。
そんなレヴィアの肩を、シアンは楽しそうにポンポンと叩きながらレオンに微笑みかける。
「まぁ、こう見えてこの子は頼りになるから上手く使って夢をかなえてごらん。くふふふ……」
「よ、よろしくお願いします」
レオンは重圧に押しつぶされそうになりながらもゆっくりと頭を下げた。




