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132. ユニクロのフリース

 この世界は人間の世界。


 そして人間は、心の生き物。


 自然と心が温かく結ばれるようになる、優しさの溢れた世界にしなくてはならない。


 もちろん、寄る者すべてを傷つけるような人もいるだろう。心を閉ざし、他者を拒絶し、憎しみに囚われた人も。


 でも、そういう人にもチャンスがやってくる世界。


 何度でもやり直せる、温かな世界。


 そう、これが理想なんだ。


 だが――――。そんな世界の作り方など、分からない。


 分かりようがない。


 自分はただの若い男だ。


 政治も、経済も、社会制度も、何一つ学んだことがない。


 では、何を願うか?


 答えは、シンプルだった。


 この想いを形にすることを手伝ってくれる人だ。


 自分に分からなければ、分かる人に手伝ってもらえばいいだけなのだ。


 一人で抱え込む必要など、どこにもない。


 レオンは頷くと顔を上げ、シアンをまっすぐに見つめた。


 その翠色の瞳に、確かな決意の光が宿っている。


「メンターを……導いてくれるアドバイザーを、紹介してください」


「ははっ。そう来たか」


 シアンは、嬉しそうに目を細めた。


「まぁ、それが正解だよね。いいよ? ふふっ」


 その言葉には、どこか誇らしげな響きがあった。


 まるで、教え子が正解を出したことを喜ぶ師のように。


 シアンは嬉しそうに笑うと、ツーっと指先で宙に切れ目を入れていく。


 何もない虚空に、銀色の線が走る。


 まるで、空間そのものを切り裂いているかのように。


「……え?」


 その不思議な操作に、レオンは眉をひそめた。


 一体、何をしているのだろう。


 直後――。


「わたーーっ!! なんじゃこりゃぁ!!」


 その切れ目から、金髪おかっぱの少女がこぼれ落ちて床に転がった。


 ゴロゴロと、二回転ほど。


 そして、勢いよく起き上がる。


「誰じゃ! こんなことをするんわ!!」


 ポテトチップスの袋を持ちながら、へたったユニクロのフリースに身を包んだ少女。


 女子中学生のような幼い容姿だが、その緋色の瞳には、どこか底知れない光が宿っている。


 彼女は(いきどお)りに満ちた表情で、辺りをキョロキョロと見回した。


「やぁ、レヴィア。ポテチは美味いかい? くふふふ……」


 シアンは、楽しそうに笑った。


 その声を聞いた瞬間――少女の表情が、凍りついた。


「こっ、こ、これはこれはシアン様……ご無沙汰しております……」


 レヴィアと呼ばれた少女は、シアンを一目見ると、急に小さくなってこうべを垂れた。


 先ほどまでの威勢はどこへやら。


 まるで、暴君の前で縮こまる部下のようだった。


「キミに頼んどいた仕事、アレ、どうなってる? ん?」


 シアンの声が、少しだけ低くなった。


 碧い瞳が、じっとレヴィアを見下ろしている。


「あ、いや、その、今、とても忙しくてですね……」


「『今期のアニメは豊作じゃ』って声がどこかから聞こえてきた気がするんだけど?」


「あ、いや、その、それはですね……」


 レヴィアは冷や汗をたらたらと流しながら、しどろもどろになった。


 その姿は、言い訳を考えつかない子供のようである。


「まぁ、いいよ」


 シアンは、フッと表情を緩めた。


「でさ、こいつが夢あるんだって。叶えてあげて」


 そう言って、レオンをレヴィアの前にぐいっと引き寄せる。


 よろめきながら一歩前に出るレオン。


「……は?」


 レヴィアは、怪訝(けげん)そうにレオンを見つめた。


 緋色の瞳が、値踏みするように上から下まで眺める。


 その視線には、あまり好意的な色は含まれていなかった。


「で、どんな夢だって? ほら、説明して」


 シアンに促され、レオンは唾をのんだ。


 緊張で、喉がカラカラに乾いている。


「あ、えーと……。『誰もが笑顔で暮らせる世界』を作りたいなって……」


 気恥ずかしい想いを押し殺して絞り出すように言ったが、レヴィアはポカンとしている。


「はぁっ?! アホか! そんなんできる訳が無かろう!」


 レヴィアは呆れたように両手を広げ、叫んだ。


 その反応は、あまりにも容赦がなかった。


 パシーン!と、乾いた音が響く。


 シアンが、レヴィアの金髪頭を(はた)いたのだ。


「コラッ! 否定から入らない!」


「え? いや、でも……」


「夢に向かってキラキラしてる若者に、頭ごなしに否定なんてダメでしょ?」


 シアンは、腰に手を当てて説教モードに入っている。


「あー、いや……うーん……」


 レヴィアは、バツが悪そうに視線を泳がせた。


「難しいのはよく分かっています」


 レオンは、一歩前に出た。


 拳を握り、まっすぐにレヴィアを見つめる。


「でも、理想に向かって試行錯誤するのを手伝ってほしいなって思ってるんです」


 その声には、若者特有の真っ直ぐな熱意が込められていた。




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