128. もう一つの銀河
けれど、その言葉の奥には、燃えるような情熱が秘められていた。
王侯貴族に理不尽に支配され、多くの人が貧困にあえいでいる現実。
借金のかたに奴隷として売られ、悲惨な目に遭っている人々。
生まれた家柄だけで、人生のすべてが決まってしまう世界。
そんな社会を、レオンはどうしても受け入れることができなかった。
自分自身、奴隷に落とされかけたのだ。
首に刻印を押され、人間としての尊厳を奪われる寸前だった。
今、こうして自由に生きていられるのは、たまたま運が良かっただけに過ぎない。
そして運が悪かった人などごまんといるのだ。
運が悪いだけで地獄へ突き落とされる社会など、間違っている。
【運命鑑定】が初めて発動して見せてくれた未来の輝きには、そういう腐った社会すら浄化していく力を感じたのだ。
だから、落ちこぼれの彼女たちと出会った時、一緒にそこを目指そうと思った。
この世界を、変えたかったから。
誰もが笑顔で暮らせる世界を、創りたかったから。
「ふーん」
シアンは、興味深そうにレオンを見つめた。
その碧い瞳の奥で、何かが動いたように見えた。
退屈そうだった眼差しに、ほんの一瞬——微かな光が宿る。
「まぁ、それは熾天使としても望むところだけど……具体的にはどうしたいの?」
「みんなが平等で、貧困がない世界を……作りたいんですけど……」
レオンは、そこで言葉を詰まらせた。
理想はある。
胸の奥で、確かに燃え続けている炎がある。
けれど、それを実現する方法が分からない。
どうすれば、貧困をなくせるのか。
どうすれば、平等な社会を創れるのか。
そんな答えを、レオンは持っていなかった。
「……って、無理ですよね? そんな社会、作りようがない……」
自嘲気味に、そう呟いた。
人は皆、富を、権力を求める。
そうしなければ蹴落とされるのが人の世だ。
だから必死に利権構造を作り、それを脅かすものを徹底的に排除する。
権力者の首を挿げ替えても、新たな利権構造ができるだけ。
庶民は常に搾取され、虐げられ、踏みにじられる。
それが、人間という生き物の本質なのかもしれない。
肩が、落ちる。
視線が、地面に向かう。
握りしめた拳が、力なく開いていく。
ところが――――。
「ははっ! 無理じゃないわよ?」
シアンは、楽しげに笑った。
その碧い瞳が、悪戯っぽく輝いている。
まるで、面白い玩具を見つけた子供のように。
そして、パチン、と指を鳴らした。
軽やかに。
まるで、電気のスイッチを入れるかのように。
その瞬間、世界が、歪んだ。
「へ?」「はぁっ!?」「こ、これは……!?」「な、何が……!?」「きゃっ!?」
視界が捻れ、空間が折り畳まれ、すべてが混沌に呑み込まれる。
色が溶け、形が崩れ、上下左右の感覚が消失する。
一瞬の浮遊感。
胃の底から何かがせり上がってくるような、激しい違和感。
世界そのものが、万華鏡のように回転している。
そして――――。
ブワっと、見たことのない景色に包まれた。
レオンは、呆然と周囲を見回す。そこは、見たこともない世界だった。
夕暮れの茜色に染まる空。
燃えるような赤から群青色へと壮大なグラデーションを描いている。
そして――眼下に広がる、想像を絶する光景。
ガラスと鋼鉄でできた、巨大な建造物の群れ。
天を衝くような超高層の塔が、無数に立ち並んでいる。
王城よりも高く、教会の尖塔よりも巨大な建物が、数えきれないほど。
その窓という窓から、煌びやかな光が溢れ出している。
まるで、地上に降りた星々のように。
まるで、夜空を逆さまにしたように。
一行は、その超高層ビルの一つの屋上に立っていた。
足元には、見たこともない素材でできた透明の床が広がっている。
吹き抜ける風が、髪を靡かせる。
高い。
とてつもなく、高い。
足がすくむような高さだった。
眼下に広がるのは、宝石を散りばめたような、壮大な夜景。
赤、青、緑、黄色——無数の光が、まるで生きているかのように瞬いている。
道という道を赤いテールランプとヘッドライトの光の川が流れ、建物という建物が宝石のように輝いている。
それは、まるで地上に創られた、もう一つの銀河だった。
「な、なんだ……これ……」
レオンは、声を震わせた。
言葉が、出てこない。
目の前の光景が、あまりにも現実離れしていて、脳が処理を拒否している。
これは夢か。
それとも、死後の世界か。
どちらとも判断がつかなかった。
「ほわぁぁぁ……」
ミーシャが、呆然と呟いた。
いつもの余裕ある微笑みはどこにもなく、ただ純粋な驚愕だけが、その空色の瞳に浮かんでいる。
金色の髪が、夜景の光を受けて、神秘的に輝いていた。




