127. 赤ちゃんの先取りっ!
妹と妻というかけ離れたイメージがルナという存在の中で一つになる。
その全く想定外の事態に困惑するレオン。
だが――――。
「兄妹で結婚したって、別に構わないんじゃないの? きゃははは!」
シアンが、楽しそうに笑い飛ばした。
そうだ。
愛しい存在という意味では妹も妻もレオンの中では同じだった。
それにもう一緒に寿命を捧げ、魂を繋ぎ、永遠の絆を結んだのだ。
妹だからといって、今更それを覆すなどあってはならないが……。
ふと、レオンの脳裏を『ちゃんと子供が産めるのか?』という不安がよぎった。
兄妹間の赤ちゃんに問題がある話は聞いたことがある。
すると、シアンは悪戯っぽい笑みを浮かべ、レオンの耳元で囁く。
「それなら安心していいよ。くふふふ……」
「なっ! 考えも読めるんですか!?」
レオンは真っ赤になった。
「僕は熾天使ダゾ? 全知全能なんだからさ。まぁ、君みたいな男の考えそうなことは読まなくたって分かんだよね。あれならもう赤ちゃん登場させちゃおうか?」
「へ……? あ、赤ちゃん?」
「二人の間に生まれる赤ちゃんの先取りっ! 可愛い女の子だよ? くふふふ……」
「ま、まだ何もしてないのに?」
レオンは唖然とした。もうルナとの間に生まれる赤ちゃんは決まっているらしい。
「でも、やるでしょ?」
シアンはニヤリと楽しそうに碧眼を光らせる。
「い、いや、まぁ、それは……」
「顔見たいでしょ?」
「えっ!? いや、それは……」
その時、ルナが怪訝そうに二人を見上げた。
「何の話してるの?」
「い、いや、何でもない! 大丈夫! 寿命を四十年も出してもらったんだし、いまさら結婚を撤回なんてしないよ。安心して!」
レオンはシアンと距離を取ってルナの緋色の瞳を覗き込んだ。
「ほ、本当……?」
「本当さ、ルナは妹だったかもしれないけど、今は僕の大切なお嫁さんだもん」
「よ、良かった……」
ルナは、レオンの胸に顔をうずめ、くぐもった声で言った。
その耳が、真っ赤に染まっている。
その姿が、どうしようもなく愛おしかった。
レオンは、そっとルナの頭を撫でる。
柔らかな赤髪が、指の間をすり抜けていく。
七年前、よく撫でていた、妹の頭。
あの頃とは、髪の色も、感触も違う。
けれど、その温もりは、確かに同じだった。
「……ありがとう、リナ」
レオンは、静かに呟いた。
「生きていてくれて、ありがとう。また会えて、ありがとう」
ルナの肩が、びくりと震えた。
そして、また泣き始める。
今度は、声を上げて。
子供のように、わんわんと。
レオンは、そんなルナをそっと抱きしめた。
もう二度と、離さない。
今度こそ、守り抜く。
そう、心の中で誓いながら。
◇
「寿命四十年? 結構払ったわねぇ」
シアンは、感心したように目を丸くする。
そして、大地のえぐれたクレーターの続く風景を、感慨深そうに眺めた。
「それで、これをね?」
「人生を半分かけちゃいましたよ……」
レオンは、苦笑した。
八十年の寿命のうち、四十年。
五人で分け合ったとはいえ、全員四十年もの命を差し出したのだ。
けれど、後悔はなかった。
この選択のおかげで、世界を救えたのだ。
ところが――。
「ふーん。じゃあ、面白いことやってくれたら、元に戻してあげるよ。ふふっ」
シアンは、ニヤリと笑った。
碧い瞳が、悪戯っぽく輝いている。
「へっ!? お、面白いこと?」
「王都の人たち殺さないんでしょ? 何か別なこと叶えてあげるケド、それでなんか面白いことやってよ」
その言葉に、レオンは息を呑んだ。
「へ? 何でも叶えてくれるんですか?」
「おぅ! 何だっていいよ。面白いことならね!」
シアンは、胸を張った。
「なんたって僕は全知全能の熾天使だからね。山も割れるし、黄金の山だって築けるよ? 世界征服でも、不老不死でも、何でもござれ!」
「す、凄い……」
「ほわぁ……」
少女たちが、圧倒されたように声を漏らした。
全知全能。
何でも叶えられる。
それは、夢物語のような話だった。
けれど、魔の山を吹き飛ばした光景を見れば、それが真実だと分かる。
彼女には、本当に何でもできるのだ。
レオンは、静かに目を閉じた。
何を願うべきか。
何を望むべきか――――。
レオンは大きく深呼吸をした。
胸の奥に、ずっと燃え続けている炎がある。
幼い頃から、ずっと抱き続けてきた想いがある。
追放され、裏切られ、すべてを失っても――消えることのなかった、一つの夢が。
「ぼ、僕は……」
レオンは、ゆっくりと目を開けた。
翠色の瞳に、確かな意志の光が宿る。
「みんなが幸せに暮らせる世界を、創りたいんです」
その言葉は、静かだった。




