126. もう、離れない
まるで、長い間隠してきた秘密を、ようやく打ち明けるかのように――。
「九歳の時に、魔法の暴走事故を起こしたらしいんだけど……その前の記憶が、無いの……」
「きゅ、九歳……」
レオンは、息を呑んだ。
九歳。
計算すれば――ちょうど、その頃リナは死んでいた。時期が一致する。
「じゃあ、その時に……」
レオンは、思わず両手で顔を覆った。
頭の中が、真っ白になる。
信じられない。
けれど、すべての辻褄が合ってしまう。
「そうよ? 魔法の暴走で、元のルナちゃんの魂は焼かれて、深い眠りについてしまったの」
シアンはニコニコしながら、世間話でもするかのような気軽さで説明した。
「でも、こんなポテンシャルのある子を失うのは損失だってことで、リナちゃんの魂が転生されたんだよ。リナちゃんには適性もあったしね。ふふっ」
ルナはリナの転生後の姿。
つまり、ルナは――リナなのだ。
あの日、目の前で息を引き取った妹が、今、こうして目の前に立っているのだ。
別の身体で。
別の名前で。
けれど、同じ魂で。
レオンの視界が、涙で滲んだ。
七年間、ずっと会いたかった。
七年間、ずっと謝りたかった。
その妹が、こんなにも近くにいたなんて。
運命の皮肉に、笑うべきなのか、泣くべきなのか、分からなかった。
「い、嫌ッ!」
突然、ルナが叫んだ。
そして、レオンの胸に飛び込んできた。
「おわぁ!」
小さな身体が、激しくぶつかってくる。
細い腕が、必死にレオンの背中に回される。
「もう結婚したんだからね! いまさら妹だからって離れないんだから!!」
その声は必死で、切実で、心の底からの叫びだった。
震えている。
ルナの身体が、小刻みに震えている。
しがみつく腕に、ありったけの力が込められていた。
「あたしは……あたしはルナよ……」
その声は、泣きそうだった。
「リナの時の記憶なんて、ほとんどない……。顔も、声も、何も思い出せない……」
嗚咽が、漏れる。
「でも、でも……」
ルナの指が、レオンの服を強く掴んだ。
爪が食い込むほど、強く。
「あんたのこと……初めて会った時から、どこか懐かしかった……」
声が、震えている。
「どうしてか分からないけど、ずっと側にいたいって思った……。あんたが笑うと、なぜか胸が温かくなった……。あんたが傷つくと、なぜか自分のことみたいに苦しかった……」
それは、魂の記憶だったのかもしれない。
前世の絆が、無意識のうちに二人を引き寄せていたのかもしれない。
言葉では説明できない、魂の奥底に刻まれた繋がりが。
「もう結婚したんだからぁ……! いまさら、妹だからって、突き放さないでよ……!」
最後の言葉は、ほとんど悲鳴だった。
「リナ……」
レオンは、そっとルナの背中に手を回した。
温かい。
小さな身体が、確かにそこにある。
七年前、冷たくなっていった妹の身体。
二度と触れることができないと思っていた、あの温もり。
それが、今、腕の中にある。
形を変えて。
名前を変えて。
けれど、確かに、ここにある。
涙が、頬を伝った。
知らず知らずのうちに、泣いていた。
止めようと思っても、止められなかった。
七年分の涙が、堰を切ったように溢れ出していく。
「ずっと……ずっと、会いたかった……」
声が、かすれた。
喉が詰まって、うまく言葉が出てこない。
「守れなくて、ごめん……。あの時、何もできなくて、ごめん……」
七年間、ずっと胸の奥で燃え続けていた罪悪感。
眠れない夜に、何度も何度も繰り返した謝罪の言葉。
それが、涙と一緒に溢れ出していく。
「お前が死んだ時、俺は何もできなかった……。ただ、震えて、泣いて、名前を呼ぶことしかできなかった……」
情けない兄だった。
守るべき妹を、守れなかった。
それが、ずっと心の傷になっていた。
「ば、馬鹿……。謝んないでよ……」
ルナも、泣いていた。
レオンの胸に顔を埋めて、声を殺して泣いていた。
肩が震えている。
涙が、レオンの服を濡らしていく。
「そう、思い出した……。あたしは……幸せだったんだから……」
その声は、嗚咽で途切れ途切れだった。
「最期まで、お兄ちゃんが側にいてくれて……。一人じゃなくて……温かい手を握っていてくれて……」
その言葉が、レオンの胸を締め付けた。
リナは、恨んでなどいなかったのだ。
最期の瞬間まで、兄の手の温もりを感じながら、安らかに逝ったのだ。
「だから……もう気に病まなくていいわ……」
ルナは、顔を上げた。
涙で濡れた緋色の瞳が、まっすぐにレオンを見つめている。
「もう、離れないんだから……。絶対に、絶対に……」
しがみつく腕に、さらに力が込められる。
まるで、離したら消えてしまうとでも言うように。




