124. 失敗作
その速度は、見た目よりも遥かに速かった。
音速を超え、暴風を伴い、すべてを薙ぎ払いながら迫ってくる、破壊の波。
「え? これ、もしかして……」
レオンの声が、震えた。
「ほっとくと吹き飛ばされちゃうぞ? きゃははは!」
シアンは、実に楽しそうに笑った。
まるで、遊園地のアトラクションを楽しんでいるかのように。
「ミーシャ!」
「分かってる!」
ミーシャは、即座にシールドを展開した。
先ほどよりも遥かに強力な、黄金色の防護結界。レベルアップによって増幅された魔力が、眩い光となって五人を包み込む。
直後――。
ドォォォォォォン! と、凄まじい衝撃波が、一行を襲った。
世界が、揺れる。
大地が、悲鳴を上げる。
空気が、灼ける。
巨岩や巨木たちが、衝撃波に乗って次々と飛んでくる。
数トンはあろうかという岩の塊が、弾丸のような速度でシールドに激突する。
「ひぃぃぃ!」
「いやぁぁぁ!」
「こわいこわいこわい!」
「死にたくないよぉぉぉ!」
少女たちが、頭を抱えてしゃがみ込んだ。互いの身体を抱き合い、恐怖に震えながら。
「きゃははは! すごいすごい!」
シアンだけが、無邪気に手を叩いて喜んでいた。
永遠に続くかのように、轟音と、衝撃と、恐怖が、彼らを包み込み続ける。
「一体何なんだよぉ〜」
レオンは理不尽極まりない話に思わず頭を抱えた。こんな意味不明な未来など一度も視たことがなかったのに。
やがて収まっていく衝撃波。
風が止み、轟音が遠ざかり、静寂が戻ってくる。
レオンは、恐る恐る顔を上げ――絶句した。
辺り一面が、完全に変わり果てていた。
魔の山方向に広がっていた魔の森と呼ばれていた広大な森林地帯。恐ろしい魔物たちが跋扈していた禁断の領域だったはずだが――その面影はどこにもなかった。
ただ、荒廃した大地が広がるばかり。
木々は根こそぎ薙ぎ倒され、大地は抉れ、岩は砕け散っている。
地平線の彼方まで、赤と黒と灰色だけが支配する、死の世界。
ここに生息していたであろう魔物たちの姿も、一体も見えなかった。
すべてが消え、無に帰していた。
「あわわわ……」
あまりの惨状に、レオンは言葉を失った。
これが、熾天使の力。
これが、創造主の使いの、ほんの気まぐれ。
人間など、本当に塵芥に等しい存在なのだと、改めて思い知らされた。
レオンの背筋を、冷たいものが這い上がっていく。
だが――――。
こんなことが許されるのだろうか?
山を吹っ飛ばすようなこんな圧倒的なエネルギーが、人の住むところに落ちたら数十万人が蒸発してしまう。
いくら何でもやりすぎである。
レオンは楽しげなシアンを見た。
「あ、あなたは天界の方ですよね?」
「そうだよ?」
シアンは、何を今更、とでも言いたげに小首をかしげた。
「なんでこんなことをするんですか!?」
気がつけば、叫んでいた。
「王都に落としていたら、何十万人も死んでいたじゃないですか!」
恐怖も、畏敬も、すべてを忘れて。
ただ、胸の奥から湧き上がる怒りだけが、レオンを突き動かしていた。
背後で、少女たちが息を呑む気配がした。
シアンの碧い瞳が、わずかに見開かれた。
怒りではなく、興味。
不快ではなく、好奇心。
まるで、珍しい虫を見つけた子供のような目で、レオンを見つめている。
「ん? だって、そう頼まれてたんだよ?」
その答えはあまりにも、軽かった。
何十万もの命が懸かっていたというのに、彼女にとっては、ただの「頼まれごと」でしかないのだ。
「頼まれたら人も殺すんですか!?」
レオンの声が、裏返った。
「そうだよ?」
シアンは、にっこりと微笑んだ。
「だって、人間は全員僕が創ったんだもん。殺したっていいじゃない。ふふっ」
「へ?」
レオンは、目を丸くして固まった。
人間を、創った。
だから、殺してもいい。
それは、あまりにも異質な論理だった。人間の価値観では、到底理解できない思考回路。
けれど、彼女にとっては――それが、当たり前なのだ。
創造主にとって人間の命の話など、粘土細工を壊す程度のことなのかもしれない。
子供が砂の城を壊すように、創った者には壊す権利がある。
それが、神の論理なのだろうか。
「特にさ」
シアンは、つまらなそうに肩をすくめた。
「王都にいる人たちって、王侯貴族の言いなりで、旧態依然とした凝り固まった人たちでしょ? 僕からしたら失敗作。意味ないんだよね」
失敗作。
意味がない。
何十万もの命が、たったそれだけの言葉で切り捨てられた。
まるで、出来の悪い作品を評価するかのように。
「し、失敗作だなんて……」
レオンの声が、震えた。
怒りと、悲しみと、やるせなさが、複雑に絡み合っていた。
「もう何十年も人口も増えず、文明も文化もむしろ後退してる」
シアンは、退屈そうに空を見上げた。
その碧い瞳には、失望と、諦めと、そしてほんの少しの寂しさが浮かんでいるように見えた。




