123. たーまやー!!
「ぶっ壊さない願いでも、面白ければいいんだけど……」
その言葉に、レオンの胸に一筋の希望が灯った。
面白ければ。
つまり、彼女の興味を引くことができれば、破壊以外の願いも叶えてもらえるかもしれない。
レオンはぐっとこぶしを握った。
しかし――。
「もう術式は起動しちゃったんだよねぇ」
シアンは、あっけらかんとそう言って、空を指さした。
「……は?」
レオンは、恐る恐る見上げ――息を呑んだ。
空に、巨大な輝く円が浮かんでいた。
それは雲よりも高く、はるかかなた宇宙に描かれた、直径百キロはあろうかという真紅に輝く魔法陣。
血のように赤く、炎のように燃え盛る、終末の紋章。
その中では、幾何学模様が高速で描かれ続けている。複雑怪奇な紋様が、次々と組み上がっていく。
まるで、終末を告げる審判の書が開かれていくように。
禍々しく、美しく、そして圧倒的に――それは、宇宙に浮かぶ死の宣告だった。
「はぁっ!? こ、これ、どうなるんですか!?」
レオンは、悲鳴のような声を上げた。
「へ?」
シアンは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「バーンってなって、ドーン! だよ。最初の依頼通り王都にドッカーン! 王都くらいなら跡形もなく吹っ飛ぶよ。きゃははは!」
王都くらいなら。
跡形もなく。
吹っ飛ぶ。
その言葉の意味を、脳が理解することを拒否していた。
王都には、何十万もの人々が暮らしている。
子供たちが笑い、恋人たちが語らい、老人たちが孫の成長を見守っている。
そのすべてが、跡形もなく吹き飛ぶ。
一瞬で、灰燼に帰す。
「ダメ! ダメです! 止めてください!」
レオンは、必死に叫んだ。
声が枯れるほどに。
「えーっ? もう止まらないよ」
シアンは、心底不満そうな顔をした。
まるで、せっかくの遊びを邪魔された子供のように。
「じゃあどこに落とすの? 照準リセットしたら、ここに落ちてくるよ?」
ジト目でレオンをにらむシアン。
「はぁっ!?」
レオンは真っ青になった。
ここに落ちてくる。
つまり、今いるこの場所が、あの魔法陣の標的になるということだ。
王都を跡形もなく吹き飛ばすエネルギーが、自分たちの頭上に降り注ぐ――――。
「ひぃぃ!」「いやぁ!」
少女たちは四人とも、真っ青になって身を寄せ合っていた。
守らなければ。
この子たちを、絶対に守らなければ。
どうする。
どうすればいい。
こんなとてつもない魔法を、いったいどうすれば――。
「魔の山!」
その時、ミーシャが声を上げた。
聡明な彼女の頭脳が、一つの答えを導き出したのだ。
「魔の山に落としてもらいましょう! 確か、あの山脈の向こうにある……!」
彼女は、遠くに見える山脈を指さした。
魔の山――――。
魔物たちの巣窟とされる、禁断の領域。人間が近づくことすら許されない、呪われた山。
あそこなら――被害は最小限に抑えられる。
「そうだ! 魔の山! 魔の山に落としてください! わ、分かりますか!?」
レオンは、藁にもすがる思いで叫んだ。
「うん! いいよ!」
シアンは、ニコッと笑ってあっさりと頷いた。
拍子抜けするほど、あっさりと。
「魔の山は僕が創ったんだから、よく知ってるーー!」
彼女は宙に浮かぶ魔法陣を指さすと、チョコチョコっと指先を動かした。
軽やかに、優雅に、子供がお絵描きをするような気軽さで、終末の魔法を操っている。
「ホイホイホイっとね!」
魔法陣の一部が、真紅から青へと書き換えられていく。
術式が修正され、照準が変更される――――。
直後――魔法陣が閃光を放ち、真っ赤に炸裂した。
世界が、白に染まる。
すべての色が消え、すべての影が消え、純白の閃光だけが世界を支配する――――。
「ぐわぁぁぁ!」
「ひぃぃぃ!」
「まぶしっ……!」
「目がぁ……!」
少女たちが、悲鳴を上げて目を覆う。
レオンも、思わず腕で顔を庇った。
網膜が焼けるような、圧倒的な光。
太陽を直視した時の何百倍もの眩しさ。
「きゃははは! たーまやー!!」
シアンだけが、花火大会を楽しむ子供のように楽しげに笑っていた。
まるで、自分の作品を披露する芸術家のように。
やがて、光が収まる。
少しずつ、少しずつ、世界に色が戻ってくる。
レオンは恐る恐る目を開け――言葉を失った。
「くはぁ……」
山脈の向こうに、灼熱の巨大なキノコ雲が噴き上がっている。
先ほど見た光景よりも、さらに巨大な。
さらに恐ろしい。
天を衝くほどの、終末の炎。
その高さは、数十キロメートルはあるだろうか。
雲を突き抜け、成層圏にまで達しているかのような、途方もない規模。
キノコ雲の内部では、灼熱の赤色が渦巻き、稲妻が閃いている。
まるで、そこだけ別の太陽が生まれたかのような、凄まじい熱量。
続いて、白い繭のような球形の衝撃波が広がっていくのが見えた。
ゆっくりと。
けれど、確実に。
こちらにも向かって――――。




