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122/139

122. は?

「で? どこを焼くんだって?」


 シアンは、楽しげに首を傾げた。


 まるで、今日の夕食は何にしようか、とでも聞くかのような気軽さで。


 レオンの背中を、冷たい汗が流れ落ちる。


 十万の命。


 それは、レオンたちが滅ぼした魔物の数だ。


 つまり――イザベラは、魔物たちに街を襲わせ、そこで殺した人間の命を(にえ)として熾天使(セラフ)を呼び出し、世界を火の海に沈めるつもりだったのだ。


 イザベラの計画は阻止した。


 しかし、皮肉なことに、レオンが滅ぼした魔物たちが贄となってしまっていた。


 結果として彼女の術式を完成させてしまったのだ。


 運命の皮肉に、レオンは歯噛みした。


「せ、熾天使(セラフ)様ということは、女神様に仕える執行者……ということですか?」


 レオンは、必死に情報を集めようとした。


 相手を知らなければ、対処のしようがない。


「そうそう、女神さまのお手伝いをするお仕事。天界のぶっ壊し屋だよ? きゃははは!」


 シアンは、無邪気に笑った。


 その笑顔は子供のように純粋で、花のように可憐で――。


 けれど、その言葉の意味は、あまりにも恐ろしかった。


 天界の、ぶっ壊し屋。


 つまり、女神の命令で世界を破壊する存在。


 星を砕き、大陸を焼き、文明を灰燼に帰す、終末の使者。


 そんなとんでもない存在が、今、目の前に立っているのだ。


 しかも、楽しそうに笑いながら。


 レオンは、頭の中が真っ白になりそうだった。


 どうすればいい。


 何を言えばいい。


 こんな存在を相手に、いったい何ができるというのか。


「と、とりあえず……」


 レオンは、震える声を絞り出した。


「スタンピードは滅ぼしましたので、頼むことはもうなくなってしまいました……のですが……」


 沈黙が、落ちた。


 空気が、凍りつき――シアンの笑顔が、ゆっくりと消えていく。


「は?」


 その一言に、空間そのものが(きし)んだ。


 途端に――シアンの身体から、鮮烈な青い光が噴き出した。


 それは、憎悪のオーラだった。


 純粋で、混じりけのない、剥き出しの怒り。


 肌を刺すような冷気が、さらに深まる。呼吸すら苦しくなるほどの、圧倒的な威圧感。


 少女たちが、息を呑む気配がした。


「何? この僕を追い返そうっての?」


 シアンの碧い瞳が、ギラリと光った。


 その瞳の奥に、星が爆ぜるような激しい光が渦巻いている。


「ふざけんじゃないわよぉぉぉ!」


 シアンは、ブン! と腕を振った。


 ただ、それだけ。


 腕を振っただけ。


 けれど――。


 刹那、青い閃光が辺り一帯を駆け抜けた。


 ズン! という衝撃音が、腹の底まで響く。


 エーテルの結晶が割れ、大地が裂けた。


 まるで紙を引き裂くように、あちこちに壮大な地割れが走っていく。


 数百メートルはあろうかという亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。


 地面が隆起し、岩が砕け、土砂が舞い上がる。


「うひぃ!」「きゃぁぁぁ!」「な、なに……!?」「いやぁぁぁ!」


 少女たちの悲鳴が、轟音にかき消される。


 腕を振っただけで、大地はズタズタ。


 その圧倒的な破壊力に、一行は完全に圧倒された。


 これが、熾天使(セラフ)の力。


 これが、世界を創った存在の、ほんの気まぐれ。


 レオンは、全身が震えるのを止められなかった。


 滅ぼされる――――。


 本能が、そう叫んでいる。


 この存在の怒りを解かなければ、大陸もろとも文字通り消し飛ばされる。


「あ、い、いや……っ」


 レオンは、必死に言葉を探した。


 冷や汗が、顎を伝って落ちていく。


 心臓が、破裂しそうなほど激しく脈打っている。


 何か言わなければ――――。


「お、お願いしたいことは山ほどあってですね! こ、こんな機会二度とないんですから!!」


 声が裏返った。


 情けないほど必死な声だった。


 けれど、それでも、レオンは叫び続けた。


「そうよ? あったり前じゃない!」


 シアンは、フン、と鼻を鳴らした。


「僕が出てくる時は、たいてい星ごと焼き払う時なんだから。こんなふうに願いなんて聞かないわ」


 星ごと、焼き払う――――。


 その言葉にレオンは背筋が凍りついた。


 この存在にとって、星を一つ滅ぼすことなど、日常茶飯事なのだ。


 人間が虫を踏み潰すように、彼女は数多の命ごと星を焼き払う。


 それが、熾天使(セラフ)という存在なのだ。


「お、お願いできるのは破壊……だけなんですか?」


 レオンは、震える声で問いかけた。


 シアンの眉が、ピクリと動いた。


 青いオーラが、わずかに和らぐ。


 怒りが、少しだけ収まったようだった。


「うーん……」


 彼女は、人差し指を顎に当てて考え込む。


 その仕草は、どこか人間臭くて、不思議と親しみを感じさせた。



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