121. 呼ばれて飛び出て
「う、嘘……」
ミーシャが、呆然と呟いた。
青い光の川。
天から地へと注がれる、神秘の奔流。
それは、赤茶けた焦土に注がれる、一筋の巨大な涙のようにも見えた。
世界を悼む、神の涙。
あるいは、新たな命を齎す、創造の雫。
青いエーテルが、クレーターへと流れ込んでいく。
そして――広大なクレーターの底に、青く輝く湖が生まれた。
エーテルの湖。
神秘の光を湛えた、この世ならざる水面。
どこまでも澄み渡る深い青――――。
五人は、ただ見惚れることしかできなかった。
言葉を失い、息をすることさえ忘れて。
目の前で繰り広げられる、神話の光景に。
やがて――青い髪の女性が、ゆったりと降りてきた。
その優雅な動きに一行は息をのむ。
そして、その足先が、エーテルの湖面に触れる。
刹那――。
パキィィィン!
澄んだ音が、静寂を切り裂いた。
接触点から、爆発的に結晶化が始まった。
青い光が、波紋のように広がっていく。
液体だったエーテルが、みるみるうちに固体へと変化していく。透明で、美しく、まるで氷のような――いや、氷よりも遥かに神秘的な、青い結晶。
パキパキパキパキ……!
連鎖的に、結晶化が広がっていく。
クレーターの底が、青く輝くスケートリンクのように変わっていく。
それは、死の大地に生まれた、奇跡の宝石だった。
焦土と絶望の中に突如として現れた、美しすぎる異物――。
女性は、結晶化した湖面の上に、優雅に降り立った。
コツン、と小さな音が響く。
その音さえも、どこか神聖に聞こえた。
「熾天使だ……」
イザベラが未来視して実現させようとしていた熾天使の降臨。超常の力でこの大陸を焼くという狂気の計画――――。
イザベラを倒せたからキャンセルできていたものだとばかり思っていたが、そうではなかったらしい。
「ま、まずい……。くっ……」
レオンはキュッと口を結んだ。
熾天使は――ゆっくりと、辺りを見回す――――。
やがて、その碧い瞳が崖の上に立つ五人を捉える。
刹那――。
ニヤリ、と。
彼女は、楽しげに笑った。
それは、面白いおもちゃを見つけた子供のような。
あるいは、長い退屈から解放された者の、歓喜の笑み。
無邪気で、残酷で、どこまでも純粋な笑顔。
「見ぃつけた」
声が、響いた。
どこか甘く、どこか冷たく、どこまでも楽しげな声。
その声は、耳から入って、魂に直接響いてくるようだった。
彼女は優雅に腕を振る。
まるで、旧友を招くかのように軽やかに。
次の瞬間――。
「えっ……!?」「きゃっ!?」「なっ……!?」「ひゃっ!?」「うわっ!?」
世界が、捻れた。
視界が歪み、空間が折り畳まれ、上下左右がぐるりと回転する。
胃の底から何かがせり上がってくるような、激しい浮遊感。
そして――気がつけば、五人は彼女の目の前に立っていた。
青い結晶の湖面の上。
神に連なる者の、すぐ傍らに。
足元で、青い結晶が星のように輝いている。
女性は悪戯っぽく微笑んでいた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! ってね。ふふっ」
彼女は、楽しそうにくるりと一回転した。
青い髪が弧を描き、銀色のボディスーツが光を反射する――――。
そして、ニコッと笑うと、その碧い瞳がまるで獲物を品定めするかのように五人を見渡した。
「僕を呼んだのはキミたちだね? さぁ、どこをふっ飛ばすんだい? この大陸全部焼いちゃおうか? くふふふ……」
その声は鈴を転がすように美しく、けれどその内容は背筋が凍るほど物騒だった。
大陸を、焼く。
まるで庭の雑草を抜くかのような気軽さで、彼女はそう言ったのだ。
レオンは、自分の足が震えているのを感じた。
目の前にいるのは、人間ではない。
神話の中の存在。
世界を創り、世界を壊す、絶対的な力を持つ者。
そんな存在が、今、自分たちの目の前で、楽しげに微笑んでいる。
それは、夢のようで。
悪夢のようで。
けれど、紛れもない現実だった。
「あ、あなたが熾天使……様ですか?」
レオンは、恐る恐る口を開いた。
声が震えている。膝が笑っている。目の前の存在が放つ威圧感に、身体が本能的に竦み上がっていた。
「そうよ?」
熾天使は、まるで舞台女優のように腕を組んで誇らしげに胸を張った。
銀色のボディスーツが煌びやかに光を反射する。
「女神さまに言われて、この世界を創った熾天使のシアンだよ。十万もの命を捧げられたら、しょーがないよね。願いを叶えてあげるわ」
世界を、創った?
その言葉の重みに、レオンは眩暈を覚えた。
目の前にいるのは、神話の中の存在。この大地を、この空を、この世界のすべてを創り上げた、創造主の使い。
人間など、塵芥に等しい存在に違いなかった。




