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120. 創造停止

 いきなり風が、止んだ――――。


 それは、あまりにも唐突だった。


 つい先ほどまで頬を焼いていた熱風が、まるで見えない手に(さえぎ)られたかのように、ピタリと動きを止めたのだ。


「……え?」


 ルナが、怪訝そうに首を傾げた。


 赤髪が、もう風に靡かない。


 熱気が、消えている。


 そして――焦土から立ち上っていた煙が、奇妙な動きを始めた――。


「な、なに……これ……」


 ミーシャの声が、震えた。


 煙が、止まっている。


 いや、違う。


 逆流している。


 天に向かって立ち昇っていたはずの煙や陽炎が、まるで時間が巻き戻されているかのように、地表へと吸い込まれていく。


 ゆらゆらと揺れていた蜃気楼が、地面に向かって流れ落ちていく。


 そして、煙は大地に溶けるように消えていった。


「え……?」


 エリナが、息を呑んだ。


 耐え難いほどの灼熱に包まれていた空間が、一瞬にして――肌を刺すような、冷徹な空気に変わった。


 まるで、真冬の夜明けに放り出されたかのような。


 いや、それよりもさらに深い、魂まで凍てつくような冷気。


「さ、寒い……!」


 シエルが、思わず自分の腕を抱いた。


 風も、熱も、煙も、音も――この空間から、あらゆる動きが奪われていた。


 世界が、息を呑んでいる。


 何かが来る。


 何か、途方もないものが。


「こ、これは……な、何だ……?」


 ピロン!


 不安に包まれていたレオンの脳内に、無機質な電子音が響いた。


「……!!」


 目の前に、冷酷な文字が浮かび上がる。


【運命創造――――失敗】


【上位存在に関する運命は創造できません】


【運命創造は安全のため機能を停止します】


 レオンは、自分の目を疑った。


 【運命創造】――――五人の運命を懸けて手に入れた、神話級のスキル。


 運命そのものを書き換え、未来を望む形に創り変える、神の領域に至る力。


 それが――無効化された。


 まるで、子供の玩具を取り上げるかのように、あっさりと。


「じょ、上位存在!? いったい何が起こってるんだ!?」


 レオンは頭を抱えた。


 上位存在――――。


 人間を超えた、神に近しき者。


 そんな存在が、今、この場所に近づいているというのか。


 ここから先は、もはや人間の立ち入れる領域ではないのかもしれない。


 レオンの足が、小刻みに震え始めた。


「レ、レオン……?」


「あなた……」


 少女たちが、不安げにレオンの腕を取り、服の裾を掴んだ。


 四人とも、恐怖に震えていた。


 いつもは勇敢な彼女たちが、まるで嵐に怯える小鳥のように身を寄せ合っている。


 けれど、レオンにはもはや打つ手がなかった。


 ただの人の身では何もできない。


 何も思いつかない。


 ただ、来るべき災厄を待つことしか――――。


 直後――世界が、揺れた。


 ビリビリと、空気が不気味に振動している。


 それは地震などではなかった。


 空間そのものが、震えているのだ。


 まるで、この世界の基盤(きばん)が軋んでいるかのように。


「みんな、気をつけて……!」


 レオンは、少女たちをかばうように前に出た。


 翠色の瞳が、必死に周囲を見渡す。


 そして――見つけた。


 空に。


 クレーターの遥か上空に。


 音もなく、一点の光が出現していた。


 それは、星だった。


 真昼の空に輝く、あり得ないはずの星。


 眩いほどの、強烈な青い輝き。


 神々しく、美しく、そして――どこか禍々しい光。


「な、なんだあれ……!」


 レオンの声が、かすれた。


 心臓が、激しく脈打っている。


 本能が、警鐘を鳴らしている。


 逃げろ、と。


 あれに関わってはいけない、と。


 けれど、足が動かなかった。


 圧倒的な威圧感に、身体が(すく)み上がっていた――――。



 その光の中心から、ゆらりと影が現れた。


 ゆっくりと。


 優雅に。


 まるで水の中をゆったりと沈降していくように、滑らかに降下してくる、一つの人影。


 青い髪の、若い女性だった。


 ショートカットの髪が、この世のものとは思えない青い光を放っている。ゆらりと揺れるたびに、星屑が散るような輝きを残していく。


 碧く輝く瞳は、挑戦的で、どこか楽しげで、すべてを見透かすような深淵を湛えていた。


 纏っているのは、銀色のボディスーツ。近未来的なデザインが、彼女の神秘性をさらに際立たせている。それは鎧のようでもあり、ドレスのようでもあり、この世のどんな衣装とも似ていなかった。


 そして――彼女の周囲を、青いエーテルが渦巻いていた。


 上空の光点から、青い光が絶えず溢れ出している。


 それは彼女の身体を包み込みながら、やがて――巨大な川となって、地上へと流れ落ちてきた。




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