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119. 誇らしげな光

「よいしょ! よいしょっとぉ!」


 ルナは元気よく、クレーターのように吹き飛んだ遺跡の崖をよじ登っていく。赤髪が風になびき、小さな身体が軽やかに岩肌を駆け上がっていった。


 さっきまでの恐怖など忘れたかのような、溌剌とした動き。それが彼女らしいと、レオンは思わず微笑んだ。


「これで全部解決よね。ふふっ」


 レオンにそう笑いかけると、ミーシャも嬉しそうにルナの後をついて登っていく。金髪のツーサイドアップが揺れ、白い僧衣の裾が風に(なび)いた。疲労の色は隠せないものの、その空色の瞳には安堵と喜びが満ちている。


「いやぁ、ギリギリなんとかなったよ……」


 レオンは深い安堵の吐息を漏らした。


 本当に、紙一重だった。【運命創造】が目覚めなければ、みんなと結婚できなければ、レベルアップが間に合わなければ……一歩間違えれば、全員があの地下牢で破滅していたかもしれない。けれど、みんなの力を合わせて、なんとか乗り越えることができた。


 この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。


 そんな確信が、胸の中で静かに温かく灯っていた。


「いっち番のりぃ!」


 ようやくクレーターの崖を登り切ったルナが、得意げに叫んだ。


 しかし――――。


「ほへぇ!?」


 その景色を見た瞬間、少女は素っ頓狂な声を上げた。


 緋色の瞳が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれている。


 そこには――見渡す限りの、赤茶けた荒野が広がっていた。


 つい数時間前まで、緑深い広大な森が広がっていたはずの場所。鳥のさえずりが響き、木漏れ日が揺れていた、美しい原生林。


 その面影は、どこにもなかった。


 ただ、ブスブスと煙が立ち昇る、広大な焦土が果てしなく続くばかり。


 大地は焼け焦げ、ひび割れ、まるで古の戦争の跡のように荒れ果てている。所々に巨大なクレーターが穿たれ、その縁からは今なお熱気が陽炎のように揺らめいていた。


 王都の方は地平線の彼方まで、赤と黒と灰色だけが支配する、死の世界。


 そして、吹き付けてくる熱風。


 まるで溶鉱炉の前に立っているかのような、肌を焼くような熱気に、ルナは思わず両手で顔を覆った。


「あっつ……! な、なによこれ……!」


「どうしたのよ? ……。ひぃぃ……」


 続いて登ってきたミーシャも、その光景を目にした瞬間、言葉を失った。いつもの余裕ある微笑みが凍りつき、空色の瞳が驚愕に見開かれる。


「えぇっ? こ、これは……」


「いったい何が……」


 エリナもシエルも、崖の上に立った途端、絶句した。


 二人とも、目の前に広がる終末のような光景を前に、ただ呆然と見つめることしかできなかった。


 風が、熱い。


 空気が、焦げ臭い。


 世界が、変わり果てていた。


「神話に出てくるクジラがね、魔物たちに降り注いだんだ」


 レオンは、静かに口を開いた。


 その声には、畏敬と、感謝と、そしてかすかな哀愁が混じっていた。


「ク、クジラって……?」


 ルナが、怪訝(けげん)そうに振り返る。


「創世の神話に出てくるクジラ? あれ、本当の話だったってこと?」


 ミーシャが、いぶかしげにレオンを見つめた。聡明な彼女の頭脳が、信じがたい可能性を必死に処理しようとしている。


「いやもう、全長数十キロくらいの……とてつもなく巨大な船だったよ……」


 レオンは、遠い目をしながら答えた。


 あの光景は、一生忘れないだろう。


 宇宙の彼方から飛来した、銀色の鱗を持つ巨大な構造物。神話の中でしか聞いたことのなかった、伝説の箱舟。


 それが、大気圏を突き破り、炎を纏いながら墜ちていく様は――まさに、神話そのものだった。


「す、数十キロ!? それが空から?」


 エリナは、その鋭い黒曜石の瞳を大きく見開いた。普段は感情を表に出さない彼女が、隠しきれない驚愕を露わにしている。


「それをボクたちが呼んだ……ってこと?」


 シエルは、眼前に広がる焦土を眺めながら、呆然と呟いた。月光を思わせる銀髪が、熱風に煽られて揺れている。


「そうだね」


 レオンは、静かに頷いた。


「世界を守りたいという、僕たちの願いに……クジラは応えてくれたんだ」


 五人の魂が呼び覚ました、古代の守護者。


 何千年もの眠りから目覚め、子孫たちを守るために、最後の使命を果たした伝説の船。


 その犠牲の上に、この勝利はある。


「ほわぁ……」


 ルナは、目の前に大きく広がる、ひときわ巨大なクレーターを眺めた。


 直径数キロはあろうかという、途方もない穴。その縁からは、まだ熱気が陽炎のように立ち昇っている。


「信じらんないケド……これを見せられちゃうとねぇ……」


 少女は、大きく息を吐いた。


 その緋色の瞳には、驚愕と、畏怖と、そしてどこか誇らしげな光が宿っていた。


 自分たちが、これを成し遂げたのだ。


 五人の絆が、神話を現実に変えたのだ。


 熱風が、五人の髪を(なび)かせる。


 焦土の向こうには、まだいくつもの茸雲が立ち昇っている。


 けれど、その破壊の光景は、同時に希望の証でもあった。


 十万の魔物は滅び、王都は救われた。


 人々の笑顔は、守られたのだ。


 五人は、しばらくの間、言葉もなく焦土を見つめていた。


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