118. 眩いプラチナ
「やっぱり無理かも……っ。くぅぅぅ……っ」
苦悶の表情が、その美しい顔を歪める。
額に脂汗が浮かび、金色の髪が汗で張り付いている。
それでも、シールドは完成しない。
魔力が足りないのだ。
天井の亀裂が、ビシビシと不吉な音を立てて広がっていく。
このままでは全員、ここで押し潰されてしまう――――。
その時だった。
「私も手伝う!」
凛とした声が牢獄に響き渡る。
ルナだ。
赤髪の少女が、躊躇いを振り切るようにミーシャの背中に抱きついた。小さな身体を、ぴったりと密着させる。
「ル、ルナ……?」
ミーシャが、驚いたように振り返る。空色の瞳が、大きく見開かれていた。
「私の魔力……受け取りなさいよ!」
その瞬間――ルナの身体が、緋色の光を纏い始めた。
竜殺しの魔力。
古代の竜さえも屠るとされる、規格外の火力を秘めた、彼女だけの力。
「行くわよぉぉぉ!」
多少麻痺しているとはいえ、その膨大な魔力が、ミーシャの身体へと流れ込んでいく。熱く、激しく、けれどどこか優しく――。
「ほぉぉぉ!?」
流れ込んでくる魔力にミーシャは慌てながらも、必死に調和させようと試行錯誤する。
「使えるだけ使って! 全部あげるから!」
ルナが、必死に叫ぶ。
その声は震えていた。けれど、その瞳には、確かな覚悟が宿っていた。
「ルナ……ありがとう」
ミーシャは、輝き始めた両手を再び天に掲げた。
今度は、違った。
ルナの緋色の魔力と、ミーシャの黄金色の魔力。
二つの光が、美しく混ざり合っていく。
炎と光。
情熱と慈愛。
激しさと穏やかさ。
正反対のようで、どこか似ている二人の力が、螺旋を描きながら一つになっていく。
シールドが、徐々に形を成していった。
緋色と黄金が織りなす、この世のものとは思えないほど美しい魔法障壁。それは二人の少女の絆が生み出した、小さな奇跡だった。
その時だった。
ズゥゥゥン!
これまでで最も激しい揺れが、牢獄を襲った。
世界が終わるかのような、凄まじい衝撃。
そして――ついに、天井が崩落した。
「きゃぁぁぁ!」
「ひぃぃぃ!」
少女たちの悲鳴が、崩壊の轟音にかき消される。
巨大な岩塊が、容赦なく降り注いでくる。数トンはあろうかという瓦礫の雨。直撃すれば、即死は免れない。
終わったかも!?――誰もがそう思った。
けれど――。
パキィィィン!
シールドが、瓦礫を受け止めた。
緋色と黄金の光が、必死に岩塊を押し返している。二色の輝きが混ざり合い、美しい虹彩を放ちながら、少女たちを守っていた。
ミシミシと、魔力の壁が軋む音が聞こえる。
「くっ……!」
ミーシャの顔が、苦痛に歪む。額の汗が、顎を伝って落ちていく。
「うぅぅ……っ!」
ルナも、歯を食いしばっている。小さな身体が、限界を超えた負荷に震えている。
二人の少女が、全身全霊でシールドを維持していた。互いの背中を感じながら、互いの温もりを支えにしながら。
しかし――限界は、確実に近づいていた。
シールドに、蜘蛛の巣のような亀裂が走り始める。光が、徐々に薄れていく。魔力が、枯渇しようとしている。
このままでは、長くは持たない。
「ダ、ダメ……! もう持たないわ……!」
「くぅぅぅ……っ」
二人はもう限界を超えていた。身体が悲鳴を上げ、意識が朦朧としてくる。それでも、手を離すことだけはしなかった。
その時だった。
ポゥ――。
五人の身体が、突然虹色に輝き始めた。
「へ?」
「こ、これは……?」
「き、来た……!」
ポゥポゥポゥポゥポゥポゥ……。
止まらない光の連鎖。天からの祝福が、滝のように降り注いでくる。
レベルアップ、レベルアップ、レベルアップ――――。
十万もの魔物を葬った功績。その途方もない偉業が、神々の加護となって五人の存在そのものを書き換えていく。
全身の細胞が再構築され、魂が何段階も昇華していく。骨が、筋肉が、血液が、すべてが生まれ変わっていくような感覚。
これが、さらなる覚醒。
これが、運命に選ばれし者たちへの、神々からの贈り物。
「来たわぁぁぁ!」
「ほわぁぁぁ!」
ミーシャとルナが、歓喜の声を上げた。
二人の中で、圧倒的な魔力が奔流のように駆け巡る。血管が光の糸のように輝き、心臓が新たな鼓動を刻み始める。枯渇しかけていた魔力の泉が、一瞬にして満ち溢れていく。
いや、溢れるどころではない。
以前とは比べものにならない、桁違いの魔力が、二人の中で渦巻いている。
刹那、シールドが圧倒的な輝きを放った。
緋色と黄金が、もはや別々の色ではなく、一つの眩い白金色へと昇華していく。




