117. 天からの裁き
次々と吹き上がる、灼熱のキノコ雲。
森が燃え、大地が抉れ、空が赤く染まっていく。
魔物たちは神々しい光の奔流に飲み込まれ、消えていく。断末魔の悲鳴すら上げる暇もなく、一瞬にして塵と化していく。その存在の痕跡さえ残さぬまま、まるで最初からこの世に存在しなかったかのように。
十万の魔物が――たった一瞬で、完璧なまでに灰と化した。
あれほど恐ろしかった黒い波はもはや跡形もない。大地を覆い尽くしていた絶望の軍勢は、天からの裁きによって浄化されたのだ。
地獄絵図が清められていく。
ほわぁ……。
レオンは、知らず知らずのうちに安堵の息を漏らしていた。
やった――やったんだ。
間に合ったのだ。
王都は救われ、人々は助かった。子供たちの笑顔が守られたのだ。
アルカナの想いは、無駄にならなかった。五人の絆が、未来を変えたのだ。
胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。涙なのか、歓喜なのか、もはや区別がつかない。ただ、張り詰めていた糸がプツリと切れたかのように、全身から力が抜けていく。
成功だ――。
そう思った、次の瞬間――――。
激しい衝撃が、レオンの意識を貫いた。
「うわあああっ!」
世界が反転する。
光が闇に変わる。
上も下も分からない。右も左も、前も後ろも。重力が消え失せ、方向感覚が完全に崩壊する。
ぐるぐると回転しながら、意識が急速に墜ちていく。
まるで、深い深い井戸の底へ――光の届かない奈落へと、果てしなく落ちていくかのように――――。
気がつけば、幽体離脱は終わっていた。
冷たい石の床が、背中に突き刺さるように硬い。
黴臭い空気が、肺を満たす。
薄暗い牢獄の中で、レオンは少女たちと共に、激しい揺れに翻弄されていた。
凄まじい地鳴りが、腹の底から魂までをも震わせる。天井から砂埃が滝のように降り注ぎ、壁という壁に蜘蛛の巣のような亀裂が走っていく。
「うわぁぁぁ!」
「キャァァァ!」
「ひぃぃぃ!」
「いやぁぁぁ!」
少女たちの悲鳴が、牢獄に木霊した。
四人とも、恐怖に震えている。いつもは勇敢な彼女たちが、まるで嵐に怯える小鳥のように身を寄せ合っていた。
当然だ。
遺跡が崩れようとしているのだから。
あれほどの衝撃だ。地下深くにあるこの牢獄が、無事であるはずがなかった。
「し、しまった!」
レオンは真っ青になった。
【運命創造】で狙ったのは、魔物たちの一掃だけ。その余波で自分たちがどうなるかまでは――愚かにも、想定していなかったのだ。
ガラガラと天井の一部が崩落し、巨大な岩塊がすぐ近くに落下する。その轟音と衝撃に、少女たちがまた悲鳴を上げた。
このままでは、生き埋めにされてしまう――――。
せっかく世界を救ったというのに、こんな場所で、誰にも知られることなく。
それだけは、絶対に嫌だった。
彼女たちを、こんなところで死なせるわけにはいかない。
「ミ、ミーシャ! シールド!」
レオンは、崩れかけた床を這うようにしてミーシャの元へ辿り着くと、震える細い腕をしっかりと掴んだ。
冷たい。
氷のように、冷たい。
まだ麻痺毒の影響が残っているのか、彼女の身体は芯まで冷え切っていた。いつもは温かな体温が、今はまるで感じられない。
「で、でも……」
ミーシャの空色の瞳が、不安げに揺れた。
いつもの余裕ある笑顔は、そこにはない。
「ま、まだ……魔力が……うまく……」
声が、震えている。
呼吸が、浅い。
麻痺から完全には回復していないのだ。
普段の彼女なら、シールドなど造作もないはず。けれど今は、魔力を引き出すことさえ難しい状態。
それでも――頼れるのは、彼女しかいなかった。
「負担をかけてゴメン」
レオンは、ミーシャの手をそっと握りしめた。
温もりを、伝えるように。
「でも、ミーシャしか頼れないんだ」
その言葉に、ミーシャの瞳が大きく揺れた。
完璧主義の彼女にとって無理筋の挑戦にはとても抵抗がある。しかし、そんなことを言っている場合ではなかった。
ゴゴゴゴゴ……!
また、激しい揺れが襲ってきた。
天井の亀裂が、蜘蛛の巣のようにみるみる広がっていく。ガラガラと、岩の破片が降り注ぐ。大きな岩塊が、今にも頭上から落ちてきそうだった。
もう、一刻の猶予もない。
「わ、分かったわ……」
ミーシャは、覚悟を決めたように頷いた。
その瞳に、いつもの芯の強さが戻ってくる。
「やってみる……」
震える両手を、天に向けて掲げる。
白い僧衣の袖がはらりと落ち、細い腕があらわになった。その指先から、淡い黄金色の光が滲み出る。
しかし――。
それは、あまりにも弱々しかった。
いつもの張りも輝きもない。まるで、風に揺れる蝋燭の炎のように、今にも消えそうな儚い光。
それでも、ミーシャは必死に魔力を絞り出そうとしていた。
歯を食いしばり、全身に力を込めて。
仲間のために。
レオンのために。




