表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/139

117. 天からの裁き

 次々と吹き上がる、灼熱のキノコ雲。


 森が燃え、大地が抉れ、空が赤く染まっていく。


 魔物たちは神々しい光の奔流に飲み込まれ、消えていく。断末魔の悲鳴すら上げる暇もなく、一瞬にして塵と化していく。その存在の痕跡さえ残さぬまま、まるで最初からこの世に存在しなかったかのように。


 十万の魔物が――たった一瞬で、完璧なまでに灰と化した。


 あれほど恐ろしかった黒い波はもはや跡形もない。大地を覆い尽くしていた絶望の軍勢は、天からの裁きによって浄化されたのだ。


 地獄絵図が清められていく。


 ほわぁ……。


 レオンは、知らず知らずのうちに安堵の息を漏らしていた。


 やった――やったんだ。


 間に合ったのだ。


 王都は救われ、人々は助かった。子供たちの笑顔が守られたのだ。


 アルカナの想いは、無駄にならなかった。五人の絆が、未来を変えたのだ。


 胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。涙なのか、歓喜なのか、もはや区別がつかない。ただ、張り詰めていた糸がプツリと切れたかのように、全身から力が抜けていく。


 成功だ――。


 そう思った、次の瞬間――――。


 激しい衝撃が、レオンの意識を(つらぬ)いた。


「うわあああっ!」


 世界が反転する。


 光が闇に変わる。


 上も下も分からない。右も左も、前も後ろも。重力が消え失せ、方向感覚が完全に崩壊する。


 ぐるぐると回転しながら、意識が急速に墜ちていく。


 まるで、深い深い井戸の底へ――光の届かない奈落へと、果てしなく落ちていくかのように――――。


 気がつけば、幽体離脱は終わっていた。


 冷たい石の床が、背中に突き刺さるように硬い。


 黴臭い空気が、肺を満たす。


 薄暗い牢獄の中で、レオンは少女たちと共に、激しい揺れに翻弄されていた。


 凄まじい地鳴りが、腹の底から魂までをも震わせる。天井から砂埃が滝のように降り注ぎ、壁という壁に蜘蛛の巣のような亀裂が走っていく。


「うわぁぁぁ!」


「キャァァァ!」


「ひぃぃぃ!」


「いやぁぁぁ!」


 少女たちの悲鳴が、牢獄に木霊(こだま)した。


 四人とも、恐怖に震えている。いつもは勇敢な彼女たちが、まるで嵐に(おび)える小鳥のように身を寄せ合っていた。


 当然だ。


 遺跡が崩れようとしているのだから。


 あれほどの衝撃だ。地下深くにあるこの牢獄が、無事であるはずがなかった。


「し、しまった!」


 レオンは真っ青になった。


 【運命創造】で狙ったのは、魔物たちの一掃だけ。その余波で自分たちがどうなるかまでは――愚かにも、想定していなかったのだ。


 ガラガラと天井の一部が崩落し、巨大な岩塊がすぐ近くに落下する。その轟音と衝撃に、少女たちがまた悲鳴を上げた。


 このままでは、生き埋めにされてしまう――――。


 せっかく世界を救ったというのに、こんな場所で、誰にも知られることなく。


 それだけは、絶対に嫌だった。


 彼女たちを、こんなところで死なせるわけにはいかない。


「ミ、ミーシャ! シールド!」


 レオンは、崩れかけた床を這うようにしてミーシャの元へ辿り着くと、震える細い腕をしっかりと掴んだ。


 冷たい。


 氷のように、冷たい。


 まだ麻痺毒の影響が残っているのか、彼女の身体は芯まで冷え切っていた。いつもは温かな体温が、今はまるで感じられない。


「で、でも……」


 ミーシャの空色の瞳が、不安げに揺れた。


 いつもの余裕ある笑顔は、そこにはない。


「ま、まだ……魔力が……うまく……」


 声が、震えている。


 呼吸が、浅い。


 麻痺から完全には回復していないのだ。


 普段の彼女なら、シールドなど造作もないはず。けれど今は、魔力を引き出すことさえ難しい状態。


 それでも――頼れるのは、彼女しかいなかった。


「負担をかけてゴメン」


 レオンは、ミーシャの手をそっと握りしめた。


 温もりを、伝えるように。


「でも、ミーシャしか頼れないんだ」


 その言葉に、ミーシャの瞳が大きく揺れた。


 完璧主義の彼女にとって無理筋の挑戦にはとても抵抗がある。しかし、そんなことを言っている場合ではなかった。


 ゴゴゴゴゴ……!


 また、激しい揺れが襲ってきた。


 天井の亀裂が、蜘蛛の巣のようにみるみる広がっていく。ガラガラと、岩の破片が降り注ぐ。大きな岩塊が、今にも頭上から落ちてきそうだった。


 もう、一刻の猶予もない。


「わ、分かったわ……」


 ミーシャは、覚悟を決めたように(うなず)いた。


 その瞳に、いつもの芯の強さが戻ってくる。


「やってみる……」


 震える両手を、天に向けて掲げる。


 白い僧衣の袖がはらりと落ち、細い腕があらわになった。その指先から、淡い黄金色の光が(にじ)み出る。


 しかし――。


 それは、あまりにも弱々しかった。


 いつもの張りも輝きもない。まるで、風に揺れる蝋燭の炎のように、今にも消えそうな儚い光。


 それでも、ミーシャは必死に魔力を絞り出そうとしていた。


 歯を食いしばり、全身に力を込めて。


 仲間のために。


 レオンのために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ