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116. 伝説の箱舟

 金属で作られた、巨大な構造物。


 銀色の(うろこ)のような装甲が、赤熱した光の中で鈍く輝いている。まるで生きているように、美しく、そして恐ろしく。


 神話の中でしか聞いたことのない、伝説の存在。


 おとぎ話の中だけに存在すると思っていた、幻の箱舟。


 レオンは幼い頃に聞いた神話を思い出した。


 『光の日、一族はクジラに乗り、この地に降り立った――――』


 それは、子供の頃に寝物語(ねものがたり)として聞かされた、おとぎ話。


 母の温かな声で語られた、遠い遠い昔の物語。


 けれど――。


 あれは、本当だったのだ。


 神話はただの作り話ではなかった。


 真実だった。


 そう、きっとあのクジラに乗って、ご先祖様たちはこの星へとやってきたのだ。


 何百年……いや、何千年も前に。


 遥か遠い宇宙から、新たな故郷を求めて、希望を胸に抱いて。


 そして今――時が巡り、忘れ去られた頃に、再び戻ってきたのだ。


 五人の魂に呼ばれ、運命に導かれて。


 末裔たちを守るために眠りから目覚め、最後の使命を果たすために。


 轟音――。


 凄まじい轟音が、空間そのものを震わせた。


 衝撃波が、同心円状に波紋のように広がっていく。


 世界そのものが悲鳴を上げているかのような、圧倒的な衝撃。


 やがて、巨大なクジラが、レオンのそばを通り過ぎていく。


 おわぁぁぁぁぁ……。


 レオンは、ただ見惚れることしかできなかった。


 その巨体は、圧倒的だった。


 威圧感という言葉では到底表現しきれない、神々しさすら感じる、途方もない存在感。


 まるで、神話の中から抜け出してきた、古代の神獣のように。


 数十キロメートルもの金属の塊が、ゆっくりと、しかし確実に、真っ逆さまに大陸へと墜ちていく。


 大気圏突入――その衝撃は、すさまじかった。


 大気が燃え、閃光が(ほとばし)る。


 弧を描く青い地平線をバックに、まるで天と地を結ぶ炎の柱のように、まばゆく、荘厳に輝いた。


 何千年もの長い長い眠りから覚めた古代の船が、今、最後の使命を果たそうとしている。


 孤独な旅路の果てにようやく辿り着いた終着点で。


 すべてを捧げて、子孫たちを守るために。


 やがて、クジラの表面に――大きな亀裂が走っていく。


 ミシミシと、何千年もの時を経た金属が軋む音が響きわたった。


 刹那――パックリと割れた。


 巨体が、二つに、三つに砕けていく。


 グルグルと回転しながら、さらに細かく分解され、無数の破片を振りまきながら墜ちていく。


 まるで、自らの身体を(にえ)として捧げるかのように。


 破片たちは、それぞれが閃光を放ちながら、壮大な光のショーを演じた。


 盛大な流星群のように。


 いや、それよりも遥かに巨大で、遥かに荘厳で、そして遥かに破壊的な――終焉の光。


 次々と大陸へ墜ちていく、神の裁きのごとき運命の鉄槌。


 その壮大な光景を眺めながら、レオンは冷や汗を浮かべていた。


「マ、マズく……ないか……?」


 不安が、胸を突き上げる。


 その膨大なエネルギーの塊。


 あれが地面に激突したら、どれほどの破壊をもたらすのか。


 王都は大丈夫なのか。


 人々は、巻き込まれないのか。


 もし――守ろうとした人々を、自分の手で殺してしまったら。


 もし――王都が、この炎に飲み込まれたら。


 レオンは、手に汗を握った。心臓が、激しく鼓動している。


 けれど――。


 破片たちは、まるで意志を持っているかのように、魔物の軍勢だけを正確に狙って墜ちていく。


 王都には、一片たりとも向かわない。


 人々の住む街を避けながら。


 ただ、邪悪なる者たちだけを、的確に捉えて。


 これが、【運命創造】の力。


 運命そのものを書き換え、未来を望む形に創り変える、神の領域に至る力。


 五人の想いが、奇跡を起こしたのだ。


 やがて――。


 最初の破片が、地面に激突した。


 閃光――――。


 世界が、純白の輝きに染まる。一瞬、すべてが消えたかのように。


 そして――大爆発。


 巨大なキノコ雲が、灼熱を放ちながら天高く吹き上がった。


 まるで、神話に語られる天変地異のような、想像を絶する爆発。


 それは終末を告げる審判の炎。


 邪悪なる者たちへの、天罰。


 次々と破片が墜ち、次々と爆発が起こる。


 光が連鎖し、衝撃波が重なり合い、世界を揺るがす。


 神々の怒りが地上に降り注いでいるかのように――十万の魔物たちの大軍を、『蝕月(エクリプス)・イーグル』の狂信者たちを、完全に、徹底的に殲滅していった。


 イザベラの野望が、灰になっていく。


 絶望の未来が、消えていく。


「マジかよ……」


 レオンは、呆然と呟いた。


 声が、震えている。涙が、溢れそうになる。


 これが、自分たちが起こした奇跡。


 五人の命を懸けた、起死回生の一撃。


 五人の絆が生み出した、運命への反逆。



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