114. 世界の理が軋む音
「では、これから大逆転するぞ。いいね?」
レオンは静かに、けれど力強く宣言した。
その翠色の瞳の奥で、金色の光が確かに輝いている。
「もっちろん!」
ルナが真っ先に拳を突き上げた。
愛する人と運命を結んだ少女の瞳には、かつてない輝きが宿っていた。
「あの魔物どもなんて、吹き飛ばして!」
シエルが銀髪を揺らしてグッとこぶしを握った。
「あなたにお任せしますわ。ね? 私の旦那様?」
ミーシャがさわやかな微笑みを浮かべる。
「……早くやっちゃって」
エリナも挑戦的な笑みを見せた。
五人は、互いを見つめ合う――――。
命を差し出す覚悟は、とうに決まっている。
世界を救うために。
大切な人たちを守るために。
そして何より――この五人で、共に生きていくために。
レオンはゆっくりと目を閉じた。
四つの温もりが、魂の奥底で繋がっているのを感じる。
エリナの強さ。
ミーシャの聡明さ。
ルナの情熱。
シエルの純真さ。
その全てがレオンの中で一つになり、巨大な力へと収束していく――――。
胸の奥で何かが目覚める。
血潮が熱く滾る。
これが――運命を創る力。
レオンは天を仰ぎ、魂の底から叫んだ。
「我が願いに応え、邪悪な者どもに終焉の鉄槌を! 【運命創造】!!」
レオンはぐっと拳を掲げる。
その声は牢獄の壁を震わせ、天へと昇っていく。
祈りであり、誓いであり、宣戦布告。
その瞬間――。
ブワッ!
五人の身体から、黄金の輝きが吹き上がった。
それは、まるで生きているかのように渦を巻き、螺旋を描きながら天井へと昇っていく。
五つの魂が、一つの奔流となって。
五つの命が、一つの奇跡となって。
眩い。
あまりにも眩い。
世界が――光に包まれた。
闇を払い、絶望を焼き尽くし、全てを塗り替える黄金の奔流。
レオンは不思議な感覚に包まれていた。
身体が、軽い。
いや――身体がない。
まるで幽体離脱したかのように、自分の肉体が牢獄に残っているのが見える。
そして、意識だけが――黄金の輝きの渦に乗って、上空へと舞い上がっていく。
牢獄の天井をすり抜け、石造りの遺跡を、貫通する。
そして――空へ。
青い空がレオンを迎えた。
どこまでも広がる、澄み渡った蒼穹。
風が、頬を撫でる。
いや、身体がないはずなのに、風を感じる。
不思議な感覚だった。
まるで、魂そのものが空を泳いでいるような――――。
鳥になった気分とは、こういうものなのだろうか。
自由で、軽やかで、どこまでも行けそうな――そんな感覚。
レオンは、眼下を見下ろしギョッとする。
そこには――地獄絵図が広がっていた。
十万の魔物。
黒く、おぞましい大軍勢が、王都を目指して森を進軍していく。
森の木々を、まるで草のようになぎ倒しながら。
大地を蹂躙しながら。
ゴブリン、オーク、ワーウルフ、そして名も知らぬ異形の魔物たち。
それらが、波のように、津波のように、大地を覆い尽くしていた。
黒い絨毯。
死の行軍。
見渡す限りの、殺意の海。
その中心には、まるで恐竜のような見たこともない巨大な魔獣たちが闊歩している。
城壁すら一撃で崩すであろう、破壊の権化たち。
「なんて……凄まじいんだ……」
レオンは戦慄した。
背筋を冷たいものが這い上がる。
あれが王都に到達したら。
何十万という罪なき人々が、虐殺される。
子供たちが。
老人たちが。
明日を夢見る若者たちが。
全て、あの黒い波に飲み込まれる。
血と悲鳴と絶望の海に沈んでいく。
その先頭には、クリスタルで作られた豪華な輿が見えた。
陽光を受けて、妖しく煌めいている。
その上に、白い人影が立っている。
イザベラだ。
彼女が、この地獄を指揮している。
美しい微笑みを浮かべながら、破滅の指揮者として君臨している。
まるで、死神が人の皮を被っているかのような――その美しさが、かえって恐ろしかった。
彼らの運命を――街を滅ぼすという運命を、今から塗り替える。
けれど、どうやって?
こんな凄まじい死の行軍を止める方法なんてあるのだろうか?
レオンは首を傾げた。
【運命創造】が何をするのか。それが、まだ分からない。
ただ、魂の奥底で、何かが動き始めているのを感じる。
巨大な歯車が、ゆっくりと回り始めるような。
運命そのものが、書き換えられていく予感――――。
世界の理が、軋む音が聞こえる。




