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111. 隠し切れない豊かな

【運命を共にすると誓った者を確認――ミーシャ・ホーリーベル】


 レオンの脳裏に、金色の文字が浮かび上がる。


 二人目の運命が、結ばれた。


「ふふっ……」


 ミーシャは、レオンの胸の中で、心からの笑顔を見せた。


「幸せ……こんなに幸せなこと、生まれて初めて……」


 その声は、喜びに震えていた。


 もう、孤独じゃない。


 もう、仮面をつけなくていい。


 この人の前では、いつでも、素の自分でいられる。


 それが、何よりも幸せだった。



     ◇



「次は、ボクです!」


 シエルが、元気よく手を上げた。その声は、期待に弾んでいる。


「シエル……」


 レオンは、微笑みながらシエルの前に立った。


 月光のように美しい銀髪。凛としたボーイッシュな顔立ち。けれど、その奥には確かな女性らしさが隠されている。三大公爵家の令嬢にして、今は自由を選んだ一人の冒険者。


 その可愛らしい頬は紅潮し、落ち着きなく碧い瞳が泳いでいる。どんなプロポーズをされるのか、期待と緊張で胸がいっぱいなのだろう。


 その初々しい様子に、レオンは改めて胸がときめいてしまった。


「君は……」


 レオンは、優しく語りかける。


「自分の運命に縛られず、屋敷を飛び出し、自由に生きることを選んだ。そんなこと、普通はできない。政略結婚という檻から逃れ、自分の足で立つことを選んだ。その勇気を、僕は心から尊敬してる」


「レオン……」


 シエルの碧眼が揺れ――そして、うつむいてしまった。


「それは……違うわ」


「……え?」


 レオンが、驚いたように声を出す。


「家を飛び出したのは、何も知らないお嬢様だったからなだけなの」


 シエルは、自嘲するように笑った。


「何度も何度も後悔したわ。寒さに震えた夜も、空腹に耐えた日も、追手に怯えた時も……。だから、勇気だなんて……とんでもないわ」


「でも」


 レオンは、穏やかに言った。


「帰らなかった……。そうだろ?」


「それはまぁ……」


 シエルは、視線を逸らす。


「みんなのおかげ……かな? エリナやミーシャ、ルナがいてくれたから――」


「うん。もちろん、みんなとの絆はあっただろう」


 レオンは、シエルの言葉を受け止めながら続けた。


「でも、それでもいつでも帰ることはできたはずだ。屋敷に戻れば、暖かいベッドも、美味しい食事も、何不自由ない生活が待っていた。それでも、君は帰らなかった。それは事実だろ?」


「それは……まぁ……」


 シエルは、言葉に詰まる。


「その苦しい中で、自分の人生を自分で掴もうともがき、傷つきながらも――今では大陸でも指折りの超一流の弓使いになった」


 レオンは、シエルの両手をそっと取った。


 小さく、繊細な手。けれど、弓を引き続けてきた、強く、しなやかな手。


「誰にも縛られない、自分だけの世界を手に入れたんだ。それは、君の努力の結果だよ?」


「レオン……」


 レオンの声が、さらに優しくなる。


「君は誰よりも早く起きてきて、一人で黙々と練習をしていたじゃないか。誰も見ていない朝に、一人で矢を放ち続けて――。もっと誇っていい」


「そ、それは……」


 シエルは、恥ずかしそうに俯いた。


「レオンの……みんなの力になりたかったから……」


「謙遜もいいけど」


 レオンは、シエルの顎に手を添え、優しく顔を上げさせた。


「僕の大好きなシエルには、もっと胸を張っててほしいな」


「胸を……?」


 シエルがレオンを見上げる。


「あら、胸ですってよ。ふふっ」


 ミーシャが、悪戯っ子の笑みを浮かべて、エリナに話しかける。


「む、胸が何なのよ! ちょっとうるさいわよ!」


 エリナが、ジト目でミーシャをにらむ。


「あら、ごめんなさい。シエルで【胸】って言うとね、つい……ふふふ」


 ミーシャは、楽しそうに笑った。


「も、もう……!」


 シエルは隠し切れない豊かな胸を両手で覆い、真っ赤になりながらミーシャをにらむ。


 そして、コホンと咳ばらいをすると――――深呼吸して気を取り直し、レオンの目を見つめた。


 苦笑していたレオンも静かにうなずく。


「ボクがこんなに上達できたのもレオンがいてくれたから……」


 シエルの声が、か細く震える。


「ボク一人じゃ、何もできなかった……。レオンがいなかったら、きっと途中で諦めて、屋敷に戻っていたわ……」


「そう」


 レオンは、シエルの手を強く握りしめた。


「でもね、それは僕も同じなんだよ」


「え……?」


「シエルがいなかったら、僕は生きていなかったかもしれない」


 レオンの声が、真剣さを増す。


「君の矢が、何度も僕を救ってくれた。君の笑顔が、何度も僕を元気にしてくれた。君がいたから、僕は戦えたんだ」


 シエルの瞳が、大きく揺れる。


「一緒にいれば、不可能も可能になる――」


 レオンの瞳は希望の光に満ちていた。


「レオン……」


「これからも一緒に、お互い助け合いながら、素敵な未来を目指そう」


「レオン……!」


 シエルの目から、涙が溢れ出した。


 堪えきれずに、ポロポロと零れ落ちていく。



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