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110. 世界の理によって結ばれた運命

 眩い光。


 暖かな光。


 それは、まるで世界そのものが、運命の女神が、二人の誓いを祝福しているかのようだった。光は柔らかく、優しく、二人を包み込んでいる。


【運命を共にすると誓った者を確認――エリナ・ブラックソード】


 レオンの脳裏に、黄金色の文字が浮かび上がる。


 誓いが、認められた。


 二人の運命は、この瞬間、世界の(ことわり)によって固く、永遠に結ばれたのだ。もう、何があっても切れることのない、運命の赤い糸。


「幸せに……なろうね……」


 そう言うエリナの目から、また涙がポロリとこぼれ落ちた。


 その顔は――幸せそうに、心から微笑んでいた。絶望に沈んでいた彼女の顔に、こんな笑顔が浮かぶ日が来るなんて――――。


「ああ、もちろん」


 レオンは、エリナをぎゅっと、ぎゅぅぅっと力強く抱きしめた。


「必ず、幸せにするよ。何があっても……一生、一緒だ」


 その温もりに、エリナは身を委ねた。


 もう、孤独じゃない。


 もう、一人で戦わなくていい。


 ずっと、一生ずっと、この人と一緒なのだ。


 レオンは優しく、愛おしそうに、エリナの艶やかな黒髪をなでた。その手つきは、まるで世界で一番大切な宝物に触れるかのように、優しかった。



       ◇



「次は私よ!」


 ミーシャが、レオンの腕をグイッと引っ張った。その空色の瞳が、悪戯っぽく、そして期待に満ちて輝いている。


「そ、そんな慌てなくても……順番に……」


 レオンは、苦笑しながらエリナから離れ、ミーシャに向き合った。


「お熱いの見せつけられて……待ちきれませんわ」


 ミーシャは、いつもの「聖女」の微笑みではなく、挑戦的で、どこか妖艶な笑みを浮かべながら、レオンの手を取った。


「さあ、レオン。私へのプロポーズは?」


「ミーシャ……」


 レオンは、大きく息をつく。


 空色の瞳が期待で輝いている。


 そこには、いつもの作られた笑顔の仮面はない。ただ、素のミーシャ――本当の彼女が、そこにいた。


 レオンはミーシャの瞳を、まっすぐに見つめる。


 「君は、いつも笑顔で、みんなを癒してくれる。でも――――僕は知ってるよ」


 レオンの声が、優しく響く。


「君が、どれだけ本当の自分を隠して生きてきたか。どれだけ聖女の仮面をつけて、苦しんできたか」


 ミーシャの微笑みが、僅かに揺れた。


 その瞳に驚きが浮かぶ。


「君の本当の姿――冷徹で、現実的で、時々辛辣で、でも誰よりも優しくて、誰よりも孤独だった君」


 レオンは、ミーシャの手を強く、強く握りしめた。


「僕は、そんな本当の君を――――心から、愛してる」


「レ、レオン……」


 ミーシャの目が大きく見開かれ、声が震えた。


「な、何を言うの!? 辛辣で冷徹な女なんて愛せる訳ないじゃない!」


 いつもの余裕のある声ではない。感情が、あふれ出した叫び。


「辛辣で冷徹……それは『優秀さ』の裏返しなんだよ」


「……え?」


「そして君はその優秀さを私利私欲に使わない――それを優しさって呼ぶんだ」


「ず、ずるいですわ……そんな言葉……反則ですわ……」


 表情がゆっくりと崩れていく。


「私……ずっと、ずっと、本当の自分を見せられなくて……見せるのが怖くて……」


 ミーシャの目から、一筋の涙が零れ落ちた。


 いつも微笑むことで自分の心を守ってきた。それが、彼女の自己防衛だった。


 けれど、今は――。


「でも、貴方は全部見抜いて、それでも……それでも受け入れてくれるのね……」


 涙が、次々と零れ落ちる。


 堰を切ったように、止まらない。


「ミーシャ」


 レオンは、優しく、愛おしそうに微笑んだ。


「君の心の奥底にある限りない優しさを――僕は良く知っている。だから毒舌なミーシャも、冷徹なミーシャも、臆病なミーシャも――全部、全部、愛してる」


「……もう、貴方ったら」


 ミーシャは涙を拭いながら、さっぱりとした笑顔で微笑んだ。


 それは心の底から溢れ出る、本当の、自然な笑顔だった。


 そんな笑顔にミーシャ自身が呪縛から解放されていく。


 こんな笑顔、いつ以来だろう。


 孤児院にいた、幼い頃以来かもしれない――――。


「一生――――貴方の傍にいさせて……」


 ミーシャは、レオンの胸に額を押し当てた。


「私の全てを――偽りの聖女も、本当の私も、全部、全部、貴方に捧げます」


「ああ、僕も」


 レオンは、ミーシャの背中に手を回し、優しく抱きしめた。


「一生、君を愛する。君の全てを、受け止める」


 温もりが、伝わってくる。


 二人の鼓動が、重なり合う。


 そして――レオンは、そっと、ミーシャの唇に自分の唇を重ねた。


 優しく、愛おしそうに。


 まるで、世界で一番大切なものに触れるかのように。


 瞬間――黄金色の光が、二人を包み込んだ。


 先ほどよりも、さらに眩く、さらに暖かな光。それは、まるで祝福の鐘が鳴り響くかのように、牢獄全体を照らし出した。



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