108. 貴族の世界では
「【運命創造】のスキルで、未来を変えられる。スタンピードを止めて、イザベラたちを倒すことは……できる」
「本当!?」
ルナが、目を輝かせる。
「それなら――」
「でも」
レオンは、その言葉を遮った。
「代償が、必要なんだ。寿命を、支払わなければならない」
「寿命……?」
エリナが、眉をひそめる。
「ああ」
レオンは、震える声で続けた。
「スタンピードを完全に止めて、闇の組織を壊滅させるには……莫大な寿命が……必要なんだ」
レオンはうつむき口を結ぶ。
「莫大って……?」
「二百年……」
「に、二百年……!?」「へっ!?」
四人が、息を呑んだ。
「わ、私も寿命ぐらい出すわよ!」
ルナはこぶしをブンっと振った。
「わ、私だって!」「私も!」「出すわよ?」
女の子たちは健気に名乗り出る。
「あ、ありがとう。こんな酷な選択を、強いることになって。みんなの未来を、人生を、奪うことになる。でも、これしか方法がないんだ……」
レオンは、何度も詫びた。
涙が、零れそうになる。
「多くの人たちがそれで救われるなら惜しくないわ!」
エリナは胸を張った。
「あっ……。でも……」
レオンはうつむいた。
「まだ何かあるの?」
「それが……寿命を差し出せる人には、制限があって」
レオンは、言いにくそうに言葉を続けた。
「『一生運命を共にする』と誓う必要があるんだ」
「誓う……って?」
ルナが、首を傾げる。その緋色の瞳に、疑問の色が浮かんでいた。
「それって……」
シエルが、はっと何かに気づいたように顔を赤らめた。
「け、『結婚する』って……こと……?」
その言葉に、空気が一瞬で変わった。
「け、結婚!?」
ルナが、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って! 結婚って、その、あの結婚!?」
「ふふっ」
ミーシャだけは、余裕の笑みを浮かべていた。
「いいじゃない。結婚しましょ? 寿命ならいくらでも差し出しますわ」
そう言うと、ミーシャはにっこりと微笑み、自然な動作でレオンの腕にしがみついた。柔らかな感触と、甘い香りが、レオンを包む。
「ミ、ミーシャ……!?」
レオンの顔が、一気に赤くなる。
「いい機会だわ。この際、関係をクリアにしましょ? ふふっ」
ミーシャはレオンの手に自分の指をからませていく。
「でも……二人じゃ二百年には足りませんわねぇ……?」
ミーシャは、悪戯っぽく笑いながら、他の女の子たちの顔を見回していく。
「……結婚って」
ルナが、恐る恐る、か細い声で聞いた。
「その……。レオンは二人以上と結婚なんて……いいの……?」
「そりゃぁ」
レオンは顔を赤くし、戸惑いながらも頷いた。
「僕は、みんなと一緒にいられるなら……嬉しいけど……でも、みんなの気持ちが……」
「じゃぁ、あたしもっ!」
ルナは、まるで何かに突き動かされるように、もう一方の腕にしがみついた。顔は真っ赤だが、その目は真剣だった。
「べ、別に! レオンのためじゃなくて! 世界を救うためだからね! 勘違いしないでよね!」
典型的なツンデレ台詞。けれど、その声は震えていて、本心が透けて見えていた。
「あっ! わ、わたしも!!」
シエルも、慌ててレオンの胸に飛び込んだ。その銀髪が、レオンの顔をくすぐる。
「ボ、ボクだって! レオンと一生一緒にいたいって、ずっと思ってた!」
三人の少女たちが、レオンにしがみついている。
その光景は、状況を考えなければ、微笑ましくさえあった。
となると――残りは、エリナだけ。
自然と、全員の視線がエリナに集まった。
「な、何よ……!」
エリナは、顔を真っ赤にして後ずさった。
「み、みんないいの!? 全員で結婚なんて……そんなの、普通じゃ……」
「あら、貴族の世界では当たり前ですわよ?」
シエルが、当然かのように返す。公爵令嬢としてそういう世界で生きて来たのだ。
「有力な家では、複数の配偶者を持つことは珍しくありません。むしろ、家を繁栄させるための常識ですわ」
「レオンは貴族なんかじゃないじゃない!」
エリナが、必死に反論する。けれど、その声は震えていた。
「無理しなくてもいいですのよ?」
ミーシャは、余裕の笑みを浮かべながら、挑発的な視線を投げかける。
「エリナさんが嫌なら、私たち四人で二百年分の寿命を出せばいいだけですし。一人五十年ずつになりますけど、まあ、何とかなりますわ」
「くぅぅぅ……!」
エリナは、悔しそうに唇を噛み、目をぎゅっと閉じた。
その心の中で、感情が激しく渦巻く。
恥ずかしさ。戸惑い。そしてレオンへの想い――――。
「レ、レオンは!」
エリナが、顔を真っ赤にしたまま叫んだ。
「レオンはどうなのよ!? あたしのこと、どう思ってるのよ!?」
その言葉に、牢獄の空気が静まり返った。
レオンにしがみついていた三人も、じっとエリナを見つめている。




