105. 運命に売る喧嘩
「……諦めないぞ」
レオンの声が、静かに、しかし確固たる意志を込めて響いた。
女の子たちが、はっとしてレオンを見る。
「僕たちは、まだ生きている。どんなに絶望的でも、諦めない限り道は開ける」
その言葉に、みんな顔を上げる。
「必ず、ここから脱出する。そして、イザベラを止める! 世界を、王都を、救う!」
レオンの翠色の瞳が、強く、強く輝いた。まるで、闇の中に灯る希望の光のように。
「僕たちは、アルカナだ。何度倒れても、立ち上がる。何度打ちのめされても、前を向く。それが、僕たちだ!」
その言葉が、絶望に沈みかけていた仲間たちの心に、小さな、けれど確かな光を灯した。
「……ああ」
エリナが、剣の柄を握りしめて立ち上がる。
「そうだな。まだ、終わってない」
「そうよ! こんなところで諦めてたまるもんですか!」
ルナも、杖を握りしめて立ち上がる。
「私たちには、まだやるべきことがありますわ」
ミーシャも、微笑みを浮かべて頷く。
「ボクたちは、アルカナ! 最後まで、戦います!」
シエルも、弓を握りしめて立ち上がる。
五人は、互いを見つめ合い――そして、頷き合った。
まだ、終わっていない。
戦いは、これからだ。
しかし――――。
その時、大きな地響きが響いた。
ズン……ズン……。
十万の魔物たちが、動き始めている。王都へと向かって、進軍を始めたのだ。
「くっ!」「始まっちゃった……」「あぁ……」「いやぁ……」
女の子たちが不安そうにあたりを見回す。
そして、その絶望を煽る重低音が――レオンのトラウマを、容赦なく揺り起こした。
脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
逃げ惑う人々。そして――妹の姿。
血を流して倒れている妹。手を伸ばしても、届かない。何もできない。ただ、見ていることしかできない。
(ダメだ……。違う! まだ何か手があるはずだ……。僕にはアルカナのみんながいる……)
拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込む。血が滲む。けれど、その痛みすら感じない。
その時だった――。
脳裏に、何かが閃いた。
それは、稲妻のように、鮮烈に――――。
禁書庫で見た、あの古い書物。埃まみれの、誰も読まない書物。その中に書かれていた、謎めいた一文。
『魂を喰らう呪いは、同質の魂、或いはより強大な『命運』によってのみ上書きされる』
その文字が、レオンの心に浮かび上がる。
(そうだ……『命運』……!)
レオンの目に、光が戻った。
(呪いが、俺から未来を視る力を奪ったのなら……)
心臓が、激しく鼓動し始める。
(それを超えるほどの、巨大な『命運』を……この手で、ぶち上げてしまえばいい……!)
思考が、加速する。
(この十万のスタンピードを止める。王都を救う。それは……かつて辺境の街を救った時とは、比べ物にならないほどの……世界史に刻まれるべき『偉業』……!)
それは、途方もない考えだった。
けれど――。
(この絶望的な状況を覆すほどの、強大な『命運』の担い手であると……この世界の理に、認めさせることができたなら……!)
それは、神に祈るのではない。
神の領域に、踏み込むこと。
あまりにも傲慢で――けれど、唯一の活路。
レオンは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には――。
狂気にも似た、凄まじい決意の光が宿っていた。
もう、迷いはない。恐怖もない。ただ、やるべきことがある。それだけだ。
レオンは仲間たちを見つめた。
エリナは、唇を噛みしめて涙をこらえている。
ルナは、悔しさで拳を握りしめている。
シエルは、絶望に震えている。
ミーシャは、裏切られた悲しみに打ちひしがれている。
みんな、苦しんでいた。
けれど――。
まだ、諦めていない。
その目には、まだ光が残っている。
「……聞いてくれ、みんな」
レオンが、静かに、けれど力強く語りかけた。
四人が、顔を上げる。
「俺は……無力だ」
その言葉に、四人が息を呑む。
「今の俺には、未来を視る力もない。この牢を破る魔法も、敵を倒す武器もない。何もない」
レオンは、一度言葉を切った。
そして、一人一人の顔を、まっすぐに見つめた。
「だが――」
その声に、力が込められる。
「俺には、君たちがいる」
エリナの目が、見開かれる。
「この絶望を覆したいと叫ぶ、君たちの魂がある!」
ルナの涙が、止まる。
「君たちと共にいる限り、僕は無力じゃない。そう、アルカナは、無敵だ!」
シエルの震えが、止まる。
「今から僕たちは――」
レオンの声が、牢獄に響く。
「この世界の運命そのものに、喧嘩を売る!!」
その言葉が、まるで宣戦布告のように響く。




