10. 衝撃の初クエスト
翌朝、冒険者ギルドの正面玄関――――。
朝露がダイヤモンドのようにキラキラと石畳を飾る中、五人の影が静かに集まった。
「お、おはよう」
エリナが控えめに手を挙げる。新調した赤い剣の鞘が朝日を受けて血のように輝く。
「おはようございます、皆様」
ミーシャの聖女の微笑みは変わらない。だが空色の瞳の奥に、昨日まではなかった本物の期待が、小さな炎のように揺れていた。
「お、おっはよ!」
ルナの声が緊張で裏返る。新しい杖を胸に抱く姿は、初めて魔法を覚えた日の自分を思い出しているかのよう。
「ボクも来たよ」
シエルの銀髪が風に舞う。男装の凛々しさの中に、逃亡者ではなく冒険者としての覚悟が宿り始めていた。
「全員揃ったね。さて――」
レオンが扉に手をかける。
「今日から、伝説の始まりだ!」
重い扉がギギギィと開く。その向こうに、運命が待っている――――。
◇
朝のギルドホールは喧騒に満ちていた。依頼掲示板の前で、冒険者たちが良い案件を求めて押し合っている。
レオンは低ランク向けの掲示板を指でなぞる。薬草採取、ゴブリン退治、荷物運搬――どれも新人には相応しい、地味で安全な仕事。
しかし――なぜか【運命鑑定】は何も言ってこない。
きっとどれが一番いい案件なのか【運命鑑定】は知っているはずだ。だが、それを提示してこない。
レオンはその沈黙に不吉なものを感じていた。
こういう肝心な時に発動できないのだとしたら【運命鑑定】をいったいどうやって使えばいいのか? 彼女たちはワクワクしながら自分の指示を待っているというのに――――。
レオンはふぅと大きくため息をつくとキュッと口を結んだ。
だが、いつまで経っても何の反応もない。教えてもらえないなら順当なものを選ぶ以外ない。エリナ、シエルに実戦を、ルナに制御を、ミーシャに判断力を鍛える依頼を――。
「ねえ、これなんてどう?」
待ちきれなくなったルナが『街道のゴブリン退治』を指差す。報酬は金貨十枚。堅実な第一歩には確かにマッチしている。
「そ、そうだね……。いいかもしれな……」
その時だった――。
バァーン!と、二階の執務室からギルドマスターが血相を変えて飛び出し、ホールの手すりから冒険者たちを見下ろした。
「一同注目!!」
年季の入った刀傷だらけの強面が、死人のように青ざめている。
「魔物の大群が街に接近している! スタンピードの発生だ!」
瞬間、ギルドホールがどよめいた。
スタンピード――それは冒険者にとって死の代名詞。魔物が集団で発狂し、人間の街を喰らい尽くす最悪の災厄。
「誰か、ストーンウォール砦に援軍を!」
ギルドマスターの絶叫が響く――。
だが、誰も動かない。
床を見つめ、息を殺し、存在を消そうとする冒険者たち。当然だ。万を超える魔物の群れに、冒険者パーティがどうこうできるはずがない。
「報酬は弾む! 頼む、誰か――」
懇願は沈黙に飲み込まれる。死の霧が、ギルドを包み込んだ。
(さすがに、これは無理だ)
レオンも首を振りかけた、その瞬間――視界が、突然黄金に染まった。
【運命分岐点:少女覚醒】
【ストーンウォール死守】
【推奨行動:直ちに向かう】
【報酬:金貨五百枚、少女たちの真の覚醒】
【警告:この選択を逃せば、十万人が死ぬ】
「へっ!?」
レオンの背筋に冷たい汗が流れる。
(なぜ? なぜ俺たちが?)
どう考えても、死しか見えない。新人五人が、万の魔物を相手に――。
「行けと出たのね?」
ミーシャの声が、思考を断ち切る。金髪の聖女が、意味深な微笑みを浮かべていた。まるで全てを見透かすような、空色の瞳。
「そ、そうなんだが……」
「なら、行きましょ?」
ピクニックにでも誘うような軽やかさ。だが、その声の奥に確信があった。
「あなたのスキルを、信じてもいい?」
エリナが静かに問う。黒い瞳に、初めて見せる無垢な信頼。
「みんなが行くなら、ボクも」
シエルが弓を掲げる。震えていた手が、今は真っ直ぐだ。
「あたしだって……怖くなんかないんだから!」
ルナが杖を握りしめる。緋色の瞳に、恐怖を超えた何かが宿っていた。
「いやいやいやいや、待ってほしい。確かにスキルではそう出てるけど、百パーセント安全なわけじゃないんだと思う。僕らはまだ未熟だ。もっと経験を積んでからじゃないと……」
「この街の人々を、見殺しにするの?」
ミーシャの言葉が胸を刺す。
「……え?」
確かに、今スタンピードを止めなければ、この街【クーベルノーツ】は壊滅するだろう。
クーベル公爵の治めるこの王国第二の都市には十万人も住んでいる。全員無事に逃げられるはずがない。子供を抱えた家族、老人、病人――多くの者が犠牲になるだろう。
窓の外を見れば、早くも逃げ惑う人々。荷物をまとめる商人、泣き叫ぶ子供、老人に肩を貸す若者――――。十万の命が、今、天秤に乗っている。
「くっ……」
七年前の記憶が蘇る。
妹の手を、掴めなかったあの日。「お兄ちゃぁぁぁん」という声が、今も耳から離れない。
(また、見殺しにするのか?)
レオンはギュッと目を閉じた。スキルは『行け』と言うものの確実に成功する保証などない――――。
だが、行かなければ確実に多くの人が死ぬのだ。
で、あれば悩むことなどない。
これが僕らの、めくるべきアルカナの運命なのだ。




