3人目
3人目、高橋未来
辺り一面にカラフルなミラーボールの光が交差して視界に広がる。聞こえてくるのは、アップテンポに流れるダンスミュージック。狭い空間に大勢の人達がメロディに乗せて身体を自由に踊らせている。
空間の中心には、気ままに踊る人達とは比較にならない頭一つ飛び抜けたダンスパフォーマンスを披露する少女が目立つ。そんな情熱的な踊りに刺激される周りの人達が彼女の名を連呼し、彼女のダンスを追い掛けるよう必死に踊りを真似ようとぎこちない動きをしている。
彼女の名は高橋未来。人々は彼女のダンスパフォーマンスに魅了されていく。そんな興奮を抑えきれない野次とは裏腹に、激しいダンスを披露している彼女の表情はどこか寂しそう。
ステージを降りてから真っ先に向かったダンサーの控え室にて。高橋は一人、部屋の隅に置かれたベンチに腰掛けて休んでいる。室内に設置された時計を気にしながら次の自分の出番が来るのをじっと待っている様子。
控え室の隅でチョコンと静かに座っている高橋に気付いた関係者の男。これから貴方に話し掛けますよと言わんばかりの意識的な足音を立てて彼女に近づく。
「おっつー隣良いかい?」
「お疲れ様です。どうぞ」
「失礼。須藤さんから聞いたよ。キミ、この春から高校生なんだってね」
「はい」
「女子高生がウチのエースに選ばれていたなんて冗談でも思いつかなかったよ。ただただキミを尊敬する」
「ありがとうございます」
――――
「その、何ていうか。俺にはよく分からないんだけど、どうしてキミみたいな将来有望と思われる若さとパワー、ダンスの素質や技術を揃えた人間が、ウチみたいな小箱でひっそり踊るんだろうってね」
「…………」
「キミの家族や学校の友達は、キミが此処で働いている事を知っているのかい」
「そろそろ出番なので、これで失礼します」
「あ、そう。頑張ってね。行ってらっしゃい」
控え室を出た廊下の所で何故か、胸を押さえて荒くした息を整えている高橋。左右を気にしながら人目を避けるように近くの女子トイレへと駆け込む。トイレ内の一番奥にある個室に入り便器に座る。
荒くした息を整えていると、そんな自分にいつかの記憶がフラッシュバックして離れない。クライオニクスの研究員に言われた言葉。
〝キミは人間ではない。キミは、私達が造り出した人造人間だ。キミの身体には当然のように人の血が流れているが、その血も我々の技術を最大限に活かし人工的に造られたものであり、キミ自身が造血する体液とは全く違う。キミの生命を保つ水を含めた実に70%を占める細胞は、この写真に写る死女を再現され、遺伝子レベルで組み込まれている。キミの頭に組み込まれた記憶もこの女の記憶となる〟
写真に写る女の容姿は、銀髪の長い髪に真っ白い肌のスペイン人。パッチリした青い目に長くて細い足とスタイル抜群。彼女の70%を受け継ぐいわば分身とはいえ、髪の色以外は高橋の容姿とは異なる点が多い。
彼女の名は〝釈未来〟旧姓は高橋亜希子。情熱的なダンスをこよなく愛するスペイン人と日本人のハーフ。
トイレにこもって息を整えている高橋。自分は他の人間とは根本的に違う。生きる為に人間関係を築く上で、下手に仲良くなっても最後は傷付く結果が待っていると考える高橋。
クローンとか人造人間とかよく分からないけど、この身体は誰かの研究結果が詰められた近代科学の賜物なんだ。
「私は生きてる。あの人達が私を生かしている」
釈未来のクローンが誕生してから1年が経った希望ヶ丘学園の入学式を振り返る。いや、正しくはクライオニクスの新たな実験が始まる日。実験の舞台となる廃校予定の桜ヶ丘学園に大勢の入学者が訪れる。
当日に入学式が開催された体育館には、大勢の生徒の他、クライオニクスの研究員や実験依頼主のドン釈率いる博打組の面々が先生に変装して式の監視をしているのを確認。
事前に計画された舞園創と石川奈津を体育館に引き込むのに成功した高橋は、館内の隅に立つ横峯悪魔にアイコンタクトを送る。
しかし、アイコンタクト一回では舞園と石川を体育館に運んだ状況が横峯に伝わっていないかもしれないと考えた高橋は、不自然に手を挙げて再度状況を遠くから伝える。
緊張感が感じられない無防備な高橋に呆れた表情を見せる横峯。右人差し指を唇に当て、静かにしていなさいと返す。
そして生徒達、いや被験者達の捕獲は無事完了し、高橋のクライオニクスとしての立場と、被験者と共に数日間の学園生活を送る女生徒としての役割を時と場合で分けながら、獲物に忍び寄る立振舞いで過ごさなければならない。
「私はクライオニクスの事も実験の意味も行き着く先も何も分からない。ただ科学者の手によって唐突に製造された私は、判断材料が何も無いまま創造者の指示に従って行動している。それでも……」
私に初めて芽生えた感情や、生前の記憶には確かに〝対人恐怖〟を感じた。これは間違いないけど、それはあの写真の未来さんの問題であって私が直接関係していた問題じゃない。未来さんが生きている間にトラウマレベルの対人トラブルがあったのだろう。
釈未来の事は結果的に自身の事に当てはまると言えるが、それでも彼女と自分は別人であるという矛盾する自分の存在に頭を悩まされる日々。
最近では自分の事をあまり考えないようにしている。どうして自分は生まれたのか。クライオニクスは何をしている組織なのか。自分の素材となった釈未来さんはどういう人だったのだろうか。釈未来さんの死亡原因は何だろうか。
考えないようにする。釈未来の過去を深追いしないようにする。大切なのは今を生きているということ。これから先の〝未来にこそ本当の自分が待っている〟と結論を出している。
自分の名前もそのまま未来を引き継いでいるし、存在の理由や意味があろうがなかろうが、今は自分の運命に逆らわない方が得策と考える。
日々逃げ出したくなる生活。逃げ出すといっても、何処に逃げ場があるのかさっぱり分からないけど。どうにもならないから、こうして逃げ出したくなったらとにかく一人になって心を落ち着かせる。
少ない自分の過去を思い出しているうちに高橋の息が整ってきた。素材の記憶による対人恐怖によって、人から逃げ込むように入った女子トイレを後にする。
廊下を歩きながら私物の鞄からBLと呼ばれるジャンルの漫画を取り出して微笑む。
誰もいない廊下を早足で駆け抜ける高橋は、そのまま無断でクラブハウスを後にし、漫画のページをペラペラとめくりながらもう一度微笑む。
〝釈未来さんの記憶にはない、私としての好きな事を見つけた〟
好きになるものがどんなものであれ、最初から人の記憶を埋め込まれていた高橋にとって〝周りの情報や流行とは関係なく自分で自分の好きなものを発見する〟に至る経緯と行動するこの動きには大きな意味がある。
一般的には微々たる一歩であっても、彼女にとっては大きく前進しているのだ。
適当に歩いた先にある公園のベンチに座り、漫画を読みながら早起きして作った自作のクッキーを鞄から取り出す。
こんなに幸せな事はない。今この瞬間の高橋は、全て自分のやりたい事をやりたいままにやっている。
クッキーを食べたいから早起きをして自分で食べたい味を考え、手間隙掛けて作った。漫画を読みたいから、種類を調べてから事前に購入してこの時の為に読書を我慢して持ってきた。踊っていても楽しくないから公園に座って漫画を読む。
自分で考えて自分で行動する瞬間にこそ本当の自分を見つめる事が出来る。人の手により自分の存在が造られ、人の思いにより素材から生前の記憶が完成し、人の指示により自分の明日のスケジュールが決まっていた。
そんな彼女にとって、自分の意思の下行動し変化を求める傾向は、決して運命に逆らったものではなく、先の道を選択する幅を広げるポジティブな傾向である。
1時間程公園で漫画を読んでいると、先日購入したばかりの携帯電話から着信音が鳴る。どうやら舞園創からの着信のようだ。
操作性は未来さんの記憶をお借りすれば何とかなりそう。しかし、電話が苦手な未来さんの引き継ぎが高橋の意識を邪魔させる。
〝私が電話に出たいと思ったから、彼女の拒絶反応が邪魔しようがここで逃げてはいけない。ここは恥を承知で通話ボタンを押してみせる〟
「も、ももでぃでぃもしでぃ!」
噛み噛みの高橋の電話対応に吹き出して笑い声を電話越しで響かせる創。あまりの恥ずかしさに赤面して次の言葉が見つからない高橋、その場でフリーズする。
次の創の言葉が怖くてたまらない。
どういう事だろう。笑い声が聞こえなくなったかと思えば沈黙になる創。対人恐怖である高橋にとって、何よりもこの無言な時間がたまらなく辛い。
このまま電話を切ってしまえば楽になるだろう。でも、それは自分の意思に反していると高橋は分かっている。かと言って次の言葉が見つからない上に創も何も言ってくれない。どうすれば良いのか分からない。
「お前はお前のままで良いんだ。もっと自分に自信をもてよ」
「え?」
「急ぎじゃないから落ち着いたら電話ちょーだい」
通話が切れた。既にパニック状態の高橋には創の言葉を理解するのに時間が掛かる。その場で呆然とする。
初めて出来た友達の初めて聞いた電話の音声。しかもかなり意味深な感じの言葉を言われた。
自分を見つける大きな課題を抱える高橋にとって、自身を客観的に見た指摘の言葉はとても貴重で、危なっかしい位に即スッと頭に入って納得した。
自分には自信が足りないんだ。だから人を怖がり自分が傷付くのを恐れているんだ。
何かを思い出した高橋。BL漫画とは別に、厚みのある黒い表紙の小説を取り出す。タイトルは〝それでも貫く信念を〟作者名はドン釈。
「今はまだ私自身が空っぽで模索中だけど、いつかきっと見つけてみせる。それでも貫く信念を」




