第六十五話 『 少女の覚悟と悪魔の暴走 』 1/3
少女の覚悟
六条冬姫という名のプレイヤーは自分自身であると主張するチュリぞうは、裁判にて身分の証明を目的に自ら夏男らの前に現れた。
裁判室にやってきたのは向日葵が付いた麦わら帽子を被った少女。信じたくはないが、小学生の彼女こそチュリぞう人形を裏で操っていた23番目の被験者の可能性が高い。
年齢は10歳いくかいかないかといったところか。こんな小さな少女が今までこの殺人ゲームを指揮していたゲームマスターなのか疑問だ。
彼女の左手に持っているペル電子手帳を入り口付近で夏男らに見せ付けてから証言台へ歩いて来る。パタパタと足音を立てて歩いている少女の目からは1滴の涙が流れている。
「何だね君は、何でこんな所に小学生が居るのだ?」
路瓶孫が思わず少女に言葉を投げる。
「冗談よしてくれよ。いいや路瓶さん。あの子は訳あってチュリぞうから六条冬姫に成りすますよう言われて来たのだろう。今から此処でお上手な芝居を披露されたところで直ぐにボロが出るさ」
電田が冷静に状況判断してみせる。
「それにしたってあんなに小さい子が何でこんな所に居るのよ?」
目が点になっている鎌倉が一言。
「誰かあの子を知らないのか?」
青葉がプレイヤー達に問い掛ける。
「あの、六条さん?」
内情を知る六条の様子を伺う青田。
驚いた表情を浮かべている六条は、数秒間少女を見つめてから視界を壁に向ける。拳を握り締めて何かに後悔している様子。
「何で子供なのよ……」
六条が思わず本音を呟く。
証言台まで来たチュリぞうがペル電子手帳の画面をプレイヤー達に見せ付ける。画面にはチュリぞう本人のプロフィール情報が載っている。プロフィール内容は以下の通り。
チュリップぞうさん(??)★
性別不明 身長62cm 体重18kg★
一部で有名なキャラクター人形!?★
人形を遠隔操作している人物の詳細は不明
フレームデッドのゲームマスター(GM)
脱出ゲームを支配・管理する権力を持つ
23番目の被験者
そこに載っていたプロフィールには六条の事が一切書かれていなかったチュリップぞうさん本人の情報。これではわざわざ正体を見せてまで自身が六条冬姫である証明をするには程遠い情報。眉間にシワを寄せている夏男が低い声でチュリぞうに問う。
「何だよこれ。チュリぞうの情報しか載っていないじゃないか。こんなもの見せなくたってお前の事は分かっている。ふざけてるのか?」
『うん、今はちょっとふざけてる』
これはお遊びじゃないと怒鳴る夏男。こんな大事な時にふざけている事を認めたチュリぞうに腹が立つ気持ちも分からなくはないが相手は子供。夏男の両腕をしっかり押さえた鎌倉の筋肉質な腕にはド太い血管が浮き出ている。
『子供だから大目に見ろジョーカー。こうでもしないと説明がつかない事もあるんだから、あんまりチュリを怖い目で睨んだら大泣きするからね、良いかいチュリは1度泣いたら10分は泣き止まないからね。うーんと、オ前ラにはペルの機能についてほとんど話していなかったけれど、これから説明するペルの〝隠し機能〟については恐らく黒幕サイドの人間にしか分からないんじゃないかな』
チュリぞうが手に持っているペル電子手帳の隠し機能を使って自身が六条冬姫であると証明するようだ。現在分かっているペル電子手帳機能は自身のプロフィールを観覧、送信。他者のプロフィールを観覧、受信。そしてメール送受信と通話機能だ。
真剣な表情をして自分のペル電子手帳をポケットから取り出す電田。自身のプロフィール情報画面を見て何か気付く事がないかチェックしてみる。
『オ前ラが赤外線を使ってプロフィールを交換し合っているのはチュリの耳にも入ってるんだ。まぁ思ったより気付くのが遅くてずっとイライラしてたんだけどね。そのプロフィール情報について、1点だけ見落としがある』
他のみんなも自身のペルを取り出し、まずはトップ画面を確認してみる。トップ画面にはプロフィールとメールとフレンドの3つのマークが表示されている。プロフィールを見てみると、その電子手帳正式所持者のプロフィール情報が記載されているのが確認出来る。
フレンドはプロフィール情報を交換するよう赤外線を使った被験者一覧とプロフィール情報が確認出来る。メール機能は黒幕サイドから来たプレイヤー死体発見通知やフレンドとメールのやり取りが出来る。
チュリぞうがこれから説明するペルの隠し機能は、3つのマークの一番上に配置されているプロフィールの中に隠されているらしい。プレイヤー達が自分のプロフィール画面を確認している。そして、その新機能と不可解な点に一番最初に気付いた電田が直ぐにプレイヤー達に教える。
「おいこれは何だい。画面の右上に小さい星マークがある。タップしてみろ」
電田に言われた通りに自身のプロフィール画面右上に置かれた星マークをタップしてみる。
「え。〝プロフィール編集〟にいったぞ」
プロフィール右上にあった星マークをタップすると自身の名前や身長体重、その他の詳細全てを編集する事が出来るプロフィール編集画面に移動した。
「プロフィール編集画面って。こんなの出来たら好き放題偽造出来ちゃうじゃないか。ちょっとチュリぞう?」
『そうだね。実はこの手帳に残されたプロフィールデータはダレでも自由に情報編集する事が出来るんだ。チュリのこのプロフィール情報のようにキャラクターの名前や体格に情報を編集するのも容易い。つまり、プロフィール編集機能に気付くか気付かないかでこのゲームの運び方は大きく左右されると言えるんだ」
今まで頼りにしてきた被験者達のプロフィール情報がダレでも簡単に編集出来ると知った夏男は、血相変えて他のプレイヤー達から離れる。
「何で今まで気付かなかったんだ。これじゃあ俺はダレを信じて、俺の推理が真実に正しいとも限らない。ふざけるな。あははははふざけるな……!」
この件に関して他のダレよりも動揺している夏男がゲーム開始一番の焦った顔を見せる。右手に持つペルを強く握り締めて今にも床に叩きつける勢い。
『まぁ聞けジョーカー。オ前もうすぐ大人になるのに、このままじゃ人の話を最後まで聞かない自己中からの会社でリストラされて前歯が欠けたニートになっちゃうよ。ニートになりたくなかったら人の話は、せめて子供の話は最後まで聞いてほしいね。だってチュリまだ9歳だよ。オ前、顔はそれなりなんだから落ち着いてよみっともないうざったい』
想像以上にズタボロ言われた夏男は怒りを通り越して悲しみやら何やらを一周して落ち着きを取り戻した。
『重要なのはプロフィールを編集しているか否か。そこでもう一度チュリのペル画面を見てほしい』
チュリぞうのプロフィール画面をもう一度見てみる。やはりチュリップぞうさんのプロフィール情報が載っているだけだ。いや、何かが違う。それに一早く気付いたのは路瓶孫。
「あれ、彼女のプロフィール画面の横にあるこの星マークはなんだね?」
「星マーク? だからそれは今説明したプロフィール編集機能で……」
「いやそうではなくて、名前や身長や体重の横にも星マークが付いている。私のには星マークが付いていないぞ?」
一番早く気付いた路瓶孫が慌てて自分の画面とチュリが見せている画面を交互に見ている。確かに路瓶孫のプロフィールには名前や身長、体重の横に星マークが付いていない。
「まさかこれ。編集マークとか、プロフィールを編集したらその箇所に星マークが付くとかそういう意味なんじゃないかい?」
『御名答!』
プロフィールを編集した人物のペル電子手帳に残されたプロフィールには星マークが付いている? という事はプロフィールを編集したか否かはその人物のペル電子手帳を見せてもらえば分かる事?
チュリぞうのプロフィール情報に付いた星マーク。このマークがあるという事は、チュリのペルは既にプロフィール編集済みという事になる。エスケープルートに乗り込む際、同盟を組んだ六条とプロフィール交換をしていた夏男は急いで31人目の被験者情報を確認してみる。
しかし六条冬姫のプロフィール情報に星マークなんて見当たらない。という事は31人目の六条冬姫はプロフィールを編集していない?
『この星マークは他人のペルには反映されないんだ。赤外線で情報を交換したところで相手の真の情報を手に入れたとは限らないのがこいつの厄介なところ。だけど、生のペルがチュリのようにこうして手元にあれば話は早い。このマークは自身のペル電子手帳のプロフィール編集機能を利用した証。そして編集した者のペルにはこの画面の一番下に〝初期状態に戻す〟ボタンが出てくるんだ』
チュリぞう自身が画面の一番下にある初期状態に戻すボタンを見せる。
『こいつがどういう意味か分かるね。編集した人物はこのボタン1つで編集前の初期情報にプロフィールを戻す事が出来るという訳。つまり、このボタン1つ押すだけでその人物の正体が分かるんだ。さっそくチュリが押して見せよう』
六条冬姫(9)
女性 身長129cm 体重28kg
〝チュリップぞうさん使い〟の少女
人形を遠隔操作してゲームを進行する
フレームデッドのゲームマスター(GM)
脱出ゲームを支配・管理する権力を持つ
23人目の被験者
初期状態に戻すボタンを押したチュリぞうのペル電子手帳画面には、9歳少女の六条冬姫という人物の情報に変換された。それと同時に先程までプロフィール各箇所に付けられていた星マークが消えている。
「これは……」
「ああ」
「そうだね」
『どうしたのかね六条冬姫さん。何だか顔色が悪いみたいで。風邪を引いたとかボケ噛ましたら殴るけどどうする。さては動揺してるのかな。それよりさ、オ前もドン釈に選ばれたプレイヤーの1人なんだから当然〝コレ〟持ってるんだよね』
「六条。ここまできたら言い逃れは出来ない。さぁ、お前のプロフィールを見せてもらおうか?」
鋭い目付きで六条を睨みつける夏男。
もしも六条冬姫と名乗っていたこの女のプロフィール情報に星マークが付いていたら、チュリぞうの身分証明は達成された事になる。その場合初期状態に戻して彼女の正体を知る必要がある。どんな結末になるにせよ、モレクの裁き最終ラウンドの終局を迎えたこの裁判には人の裏切りが発覚する。
電田が試しに自分のプロフィールを編集してみる。やはり編集した情報の隣に星マークが付けられ、画面の一番下に初期状態に戻すボタンが出てきた。それを夏男に見せて互いに頷く。なんだかんだ気の合う不思議な雰囲気をしている2人は、何も言わずにプロフィールを赤外線で交換する。
「反映されないな」
「ああ」
「お前はお前を守って怪物に引き金を引いた亀谷を殺してその罪を人に擦り付けようとした。しかもその方法が最も残虐で、ゲームを使った裁判処刑というルールを利用し、パートナーの俺が事件の謎を解く事を前提に同盟さえも利用していたんだ。お前が本当に六条冬姫という名のプレイヤーならば、今此処でお前の持っているペル電子手帳で証明してもらおう」
そっぽを向いたまま夏男の話に耳を貸さない六条。その態度を見るに開き直っているようにも捉えられる。どちらにせよ、亀谷妙子殺人事件の真犯人の名前が隠された真実は、六条冬姫の持つペル電子手帳の中にある。
人間追い詰められたら何をするか分からない。次の瞬間、その答えが正しいと思わせるかのような行動に出てしまう六条。彼女のポケットから出てきたのはペル電子手帳ではなく鎌倉から盗み取っていた銃弾が1発セットされたハンドガン。
天に向けて「どうしてこうなった」と何度も叫んで泣き崩れ、物音に反応してからハンドガンを無差別に向けてきた。
「私はこんなところで死ぬ訳にはいかないの。私は、私の魂を命と受け入れた〝ダディ〟の約束を果たすまではどんな手を使っても生き残ってみせるわ」
ハンドガンを振り回して高笑いする。このままでは犠牲者を増やしてしまう最悪な結果を生んでしまう。ここは一旦逃がしておくべきか?
最終局面、強行突破を図る悪魔の意地




