第六十三話 『 ダミートラップ 』
議論を止めた悪魔の女
時刻は午後7時36分。レッドルーム裁判室で進行中の〝亀谷妙子殺人事件〟を進める。議論もラウンド3と中盤まで差し掛かっていた。いよいよ今事件の黒幕候補に直接詰め入ろうかとしたその時の事だった。
3件の事件を含めて議論の中心として推理を組み立てる夏男。亀谷妙子殺人事件において夏男に最も殺人の疑いをかけられていた六条冬姫本人が不意に〝私が亀谷妙子を殺した〟と自供する。
今まで口を閉ざしてきたプレイヤーなのにも関わらず、突然被害者の亀谷を殺したと言い切った六条の心境変化が読めない夏男。他のプレイヤーも彼女の発言に動揺が隠せない様子。
このタイミングで殺人を犯したと自ら述べるメリットは何だ。ずっと口を閉ざしてきたこの女が何故いまになって自分の過ちを訴える。
どうしてだろうか。彼女には夏男らの知らないところで何らかの目的が絡み、又は事前に立てていた計画に何らかの支障が生じたのか、作戦を急遽変更したようにも思える。彼女に対し何か企んでいるのだろうと警戒している夏男。
3件目にして自供とはさすがの夏男も予想外過ぎてどうしたら良いのか分からない。このまま投票タイムに突入して彼女を処刑させるか?
「六条。お前は何を企んでいる。亀谷の死体を発見してからこの5日間、身体を震わせて口を閉ざしてきたお前にしては随分とあっさり言ってくれるな。さっきの処刑を見て気が変わった訳でもあるまいし」
夏男の質問に六条が答える前に電田が割って入る。
「夏男。お前が疑っていた黒星って六条さんだったのかい」
「ああ。彼女を犯人だと決め付けるには幾つか不確定要素があるのも否めないが、俺よりも早く本人の口から結論を聞かされるとは思っていなかった。この5日の間、俺は俺に対する六条の警戒心を解きつつどこかで尻尾を出してくれないか監視していた。それに六条とはこっそり〝ゲームパートナー〟を組んでいる。3件の殺人のうち、最も証拠を回収する事が出来た亀谷の事件の犯人である可能性が高い人物だったからな」
「容疑者を自分の監視下に置くためにあえてパートナーを組んで接近したのか。なに勝手な真似してんだよ」
「真実が暴ければ何でも良いと思った。だから、これからその女の化けの皮を余すことなく剥いでみせようと思っていたのにな。どういうつもりか知らないが清々しい顔して自供しやがった」
どういった心境の変わりようか、六条が笑みを見せて夏男と電田を見ている。
「神埼が私を疑っていたのに気付いていたわけではないわ。ただ事件の流れを自然と見れば遅からず容疑者が絞られるだろうとは思ってた。あなたを試していたのよ」
「俺を試しただと。それにしちゃ随分と手の込んだビクビクキャラ設定をしてくれるんだな。少しでもお前を信じて同情した自分が情けなく思うよ」
「あなたは私と違って優しいからね。その優しさとその熱い正義感が〝神埼家最大最悪の事件〟を招いたのかもしれないのにね」
「何の話だ?」
「私はずっとあなたを見ていたのよ。だからあなたの事ならなーんでも知ってるの」
「いよいよ化け化けの設定を捨てるか。気味悪いぞ」
「此処に来るずっと前から私はあなたの事を見ていた。それでもあなたは私の存在に気付く事はなかった。何故だか分かるかしら?」
「此処に閉じ込められる前の事はよく覚えていないんだ。あんたの事なんて知らない」
「こうなってしまった以上、今の話をあなたが理解する必要もなくなったわ。さぁ投票しなさい。六条冬姫を殺すのです!」
何だろうか彼女の不自然な言い回しは。自分の事をさっきからフルネームで言ったり、妙に六条の処刑を急いでいるように思える。これから自分が殺されるというのに恐怖を感じないのか?
投票タイムに移るタイミングについて、プレイヤーのみんなは神埼に最終判断を委ねる。それに答えるように慎重に六条と会話をしている夏男。
「さぁ人の命をこの手で殺めた罪深き私を今此処で裁くのです。貴方方は何に迷っているのですか。真実は先程お話した通りになります」
六条が自供した亀谷妙子殺人事件の真相と夏男サイドの動きは以下の通り。
エスケープルート内〝魔獣の巣〟エリアに潜んでいた怪物を電田龍治が考えあっての挑発をする。矛先を自ら引き受けた電田1人が追われる状況となるが、さすがに危険過ぎると電田と怪物を追い掛けたのが神崎夏男と六条冬姫、そしてハンドガンを所持していた亀谷妙子の3名だ。
その道中にてエスケープルートのトラップである〝裏通路〟へと強制的に移された六条と亀谷。それによって夏男と逸れてしまったのだ。後に電田と合流した夏男は2人の居場所を捜索しようと廊下を調べる最中で〝1発の銃声〟を聞く。
一方その頃裏エリアに閉じ込められた亀谷と六条は、先程現れて電田が撒いたと思われる怪物に襲われていた。しかしアイテム庫のブラックルームで手に入れたハンドガンを所持していた亀谷は間一髪のところで怪物を射殺した。
その銃声こそが捜索していた夏男の聞いた銃声だろう。ここまでは夏男も間違いない真実であると認める。問題は何故亀谷が鎌で首を斬られて死んでいたのかということ。
そこで夏男は3つの可能性を考える。1つ目は亀谷と怪物が相討ち死した場合の可能性。2つ目は亀谷が怪物を射殺した後に六条に殺された場合の可能性。3つ目は亀谷に射撃された怪物が、実は即死ではなくしばらく動けた場合の可能性。
ポイントになるのが亀谷殺害に使った凶器が〝怪物の所持していた鎌〟であるという事。しかしこの事件はプレイヤーの殺人事件として黒幕サイドに報告される。
そうなった時に六条が犯人である可能性が高いのは最もだろう。加害者である六条本人の話によると、亀谷がハンドガンで怪物を射撃して即死させ、それからただの一度も怪物が動いていないという。
夏男が手に入れたヒント5にて。周囲の血痕【亀谷と怪物の周囲以外には血痕が一切ない】から考えて確かに怪物が動いた形跡はないようだ。それからヒント7の周囲の状況【亀谷の死体の傍には弾がセットされていないハンドガンが落ちている】と、ヒント4の怪物の頭部【怪物の頭部には銃弾で撃たれた跡がある】から考えたら、少なくとも2人を襲った怪物は〝亀谷の所持していたハンドガンで殺された〟のは間違いない。
となると1発しかセットされていないハンドガンの弾はなくなる。しかし亀谷の死因は銃殺ではなく、首を斬られ多量出血になる。
そしてその凶器はヒント1の怪物の右手【死亡した怪物が最後まで握り締めていたのは大型の鎌】と、ヒント2の事件の凶器【鎌の刃部には亀谷の血が付着しており、彼女を殺した凶器】から間違いなく怪物の所持していた鎌だろう。
そうなるとヒント8の銃声から5分【銃声が聞こえてから5、6分で夏男と電田が現場に到着】から考えて、怪物が即死であったのも頷ける。その5、6分の間に怪物が動けたのなら怪物の血痕をみて動きがある筈だからだ。しかし怪物が動いた形跡がないのは、残った血痕が物語り、それを瞬時に消す事などほぼ不可能に近いからだ。
何故ならヒント10の地割れした床【怪物の死体がある場所と、怪物の死体より70メートル先にもう一箇所、床がヒビだらけの状態になっている】から、地割れした床に付着した血痕を5分で綺麗さっぱり隠滅することは不可能であるからだ。
そうなってくると可能性は2つに絞られる。相討ちか六条が犯人か。夏男は最後の最後まで六条を信じたい一心で捜査をしていた。
しかしそれは違うと思い知らされる決定的な証拠を見つけてしまう。それは夏男の手に入れたヒント3だ。ヒント3は以下の通り。
刃部の向き【死体発見時に右手で握り締めた刃部が右方向に向けられていた】
ヒント1から怪物が握り締めていた大鎌と、ヒント3の刃の向きを照らし合わせて考えるとおかしな点に気付く。種類にもよるが、鎌の使い方はその大抵が単純で〝切り裂く方へ刃を向ける〟ものだろう。
しかしどういう訳か怪物が握り締めていた大鎌は、右手で握っていたのにも関わらず右側に刃部が向けられていた。
一見、即死した怪物が握力を失ったせいで大鎌の刃部の重みで自然と右側へ向いたようにも思えるが、そうではない。夏男は事件の手がかりを得ようと怪物の右手に握力があるのか触って確認してみたり、所持する鎌本来の持ち方を確認するため、怪物が握り締めている右手を調べていた。
その結果、怪物の右手には人間の力と比べ物にならない強い握力があったのだ。
という事は自然と大鎌の刃部が右側に向く事は、怪物自身に鎌を持つ持ち癖がある場合を除いてないのだ。そして持ち癖がないことを証明する決定的証拠はこれだ。
ヒント11 亀谷の後頭部【亀谷の後頭部には何かにぶつけた傷がある】
このヒントを辿って、亀谷が殴打した傷を頼りに大鎌で殺された際に倒れてぶつけた状況が分かる。まずどちらの方向に倒れたのか。亀谷の後頭部の左側に何処かにぶつけた痕がある事から、亀谷から見て〝右側から攻撃されて左側に倒れた〟と考えられる。
しかしこれはあくまで相討ちの場合を考えた可能性。亀谷が襲われた際に向いてた方向が怪物であった場合の話だ。
しかし右手で大鎌を握り締めていた怪物が亀谷の首を亀谷から見て右側に攻撃する事は出来ない。不意打ちでもしない限りはそれは不可能とされるのだ。
仮に亀谷が怪物を倒したと安心して怪物を背後にした場合は、この殴打の意味が全く変わってくる。しかしそれもないと考えられる。
何故なら〝亀谷の傷口は亀谷から見て左側〟から斬られていたからだ。
左側の後頭部左側を殴打して左から斬られた事により何者かによって不意に殴られた痕と、死因となった首を斬られた時刻には少しの〝間〟があったと考えられる。
そうなると怪物が即死であった場合を除いた今、犯人は亀谷の背後に居る人物で、怪物を射撃して殺した後に後ろから亀谷を殴って床に倒したと考えられる。恐らくその時殴打した衝撃によって亀谷は意識を失った。
何故なら怪物の所持する大鎌の重さと、それを握る怪物自身の握力から考えて怪物が即死した後直ぐに大鎌を奪って亀谷を斬る事は不可能であるからだ。
亀谷が気絶したのを確認した六条は、亀谷殺害の罪を目の前で死んでいる怪物に擦り付けようと考えた。その結果怪物の所持していた大鎌が亀谷を殺した凶器になった訳だが、亀谷を殺した後に急いで怪物の右手に大鎌を乗っけて元に戻そうとしていた。
しかし思いの他2人を探索していた夏男と電田の到着が早かった為、凶器の大鎌は結果として六条が犯人である可能性を強めてしまう証拠を残してしまう形となった。
ここまで謎を解いていた夏男なら分かる。六条の語った発言全てに嘘偽りがないということを。
「さぁ何をしているのです時間を掛けている場合ではありません。六条冬姫を処刑人に選び、最後のその時まで醜い罪人の生き様をその目に焼付けるのです。今こそ〝意味ある裁き〟を行いましょう」
「俺にはお前が分からない。何でそんなに平気でいられる。それに、何ていうか他人事みたいな言い方で不自然に思えてならない。場合によっては違った未来も見えてくるかもしれない」
「どのような未来を希望されてます?」
「さっさと目的を教えろ」
プ……ツ……ン……
アナウンス音声がONになる雑音が小さく響いた。このタイミングでチュリぞうが何かを話すという事はいよいよ強制的に投票タイムへ移されるという訳か。
「おいチュリぞう。まだ話は終わってないんだ。ちょっと待ってくれ」
『…………』
チュリぞうがモゴモゴしていると六条の表情が一変して怒った様子。訳ありの六条とチュリぞうが会話を始める。
「あんたの出る幕じゃないだろう。闇に操られたお人形さんよ」
『オ前どういうつもり……』
「おい余計な事は言うなよ」
『許さない……』
「ルールを破った者はどうなるのかあんたが一番分かっている筈だ」
チュリぞうが個人的に六条にむかついている? それに何かよく分からないが2人の間には何らかの繋がりがあるのか。今までキチガイのようなぞうさんキャラで通してきたチュリぞうが初めて私情を挿んで発言しているような。
『どのみちこの後こいつらは六条冬姫に投票するからチュリはオ前に王手をかけられた訳。そんな状況で〝アイツら〟の処罰を恐れても何の意味もないって事だよね』
「おい貴様。何を考えている。まさか連中に楯突くつもりか」
『ふざけんなよ小娘が。誰のせいでアイツらを裏切る羽目になったんだ。こうなったらオ前だけでも殺してやる』
何の話だ。チュリぞうが王手をかけられただの処罰を恐れても意味がないだの裏切るだの、チュリぞうの様子がおかしい。
「おいやめ!」
『六条冬姫は亀谷妙子なんて人物を殺していない。何故なら六条冬姫はこのチュリの本名であって、そこにいる女は最初からチュリを処刑する為だけにチュリの名前を勝手に名乗って殺人を犯したダミープレイヤーなんだもん!』
チュリぞうが六条冬姫!?




