2人目
2人目、石川奈津
遡る事6年前の春。今日は小学校の始業式がある。
登校時刻ギリギリの時間に同い年くらいの男の子を連れ〝ある人物〟の下へ猛ダッシュで向かっている。男の子の名前は、石川が現在付き合ってる恋人であり、幼馴染の〝路瓶亮介〟だ。
特に変わりない一軒家の前で足を休める2人。どうやら目的の場所に到着したようだ。舞園と書かれた表札の家の前に立つ石川の表情は怒りを噛み締めているよう。
インターフォンを押す事もなく、スタスタと敷地内に侵入し、玄関のドアを開ける。
迷わず2階に上がって見慣れた部屋を目指す2人。お目当ての舞園創部屋のドアを勢い良く開ける。「何時だと思ってるの、起きろ」と怒鳴って創の頬を何往復かビンタする。
「なんだなんだなんだ痛い何すんだ!」
「何だじゃないわよこの寝ぼすけ。今何時だと思ってるのよこのノロチン。さっさと支度をしなさい」
「げっナツ。それに亮介。何だよ驚かせるなよ」
マイペースな創にイラっとした石川は、創の胸倉を掴んで「誰のせいでこんな汗だくになるまで走ったと思ってるのよ」と言いブチ切れる。亮介は創と同様ただただ慌てている。
石川に引っ張られるように登校した。
「登校班のみんなも冷たいよな。出発する前に起こしに来てくれれば良いのによ」
「おっかしいな。昨日の夜に目覚ましをちゃんとセットしておいた筈なんだけどな」
「寝坊するあんた達が悪いのよ。それよりも始業式から遅刻じゃこの1年思いやられるわよ。急ぎましょ」
まったく男子ってみんなバカばっかでほんと困っちゃう。2人とも少しは学習してほしいわ。っなんて日常の中で2人にイライラしている事が多いけれど、実はそこまで怒ってもなかったりするのよね。
ここで6年前の思い出を振り返る夢から不意に目を覚ましたのは、中学3年生の石川奈津。
石川は、奇妙な機械の並ぶ個室の中央に置かれたベッドに横たわっていた。腕や頭にこれまた奇妙な張物が付けられ、生命維持装置をはじめ脳波、心電図等へと繋がっている。口元には人工呼吸器のような物が取り付けられ、見るからにただ事ではなさそうだが。
個室には何名かの科学者や医師が居る。傍に居る人物が目を覚ました石川に話を始める。
「今キミの記憶の中から放り映し出された2人が、キミの言う幼馴染の舞園創君と路瓶亮介君だね。小学校の頃は3人で一緒に登校していたんだね」
「はい。2人共お寝坊さんで毎日手を焼いていました。特にハジメちゃん。起きない時は何をしても本当に起きないので。何をしてもしばらく効果がなかったのはキツかったですね」
「これからキミの幼少期の記憶を借りる事になる。これから簡単な記憶データの収集に取り掛かりたい。未来の為に現在を耐え忍ぶ覚悟、その身を削る思いで私達に協力してほしい」
「はい……」
石川らの居る個室の隅には、人1人が入れるサイズの巨大カプセルが置かれている。青い液体の入った巨大カプセルには新たな被験者名の記号だろうか〝14111―72〟と刻まれている。
巨大カプセルをよく見ると、茶色い髪のような毛の塊と、人の腕にも見える形の物体が薄っすら見える。破損した人形のようにも見えるが、これは一体何なんだろうか。
その巨大カプセルには、石川の身体に取り付けられた奇妙な電気信号の配線が直接繋がっている。ある人物が記憶に関するデータの収集に取り掛かるらしいが、彼女の記憶と、人形に見える物体が入った巨大カプセルを繋ぐ関係性は一体何を意味するのか。
記憶のデーダ収集が続けられる中で何回か思い起こされる記憶には、幼馴染の2人との思い出や家族との思い出、学校の思い出が多い。
丁度この頃からだろうか。謎の機関の実験に参加し始めた石川の背後から追跡する人物の存在が確認されたのは。
数ヶ月続いたストーカー被害の生活。警察の協力は宛てにならず、直接真正面から自分で衝突するのも無謀といえる。何とか背後からつけて来る人物の正体を暴こうと、当時から世間を騒がせていた神崎探偵事務所を訪ねる。
神崎探偵事務所といえば、神崎夏男が両親の事故死後に引き継いだ有名探偵所である。当時から探偵その道で名高い神崎夫婦が死亡した全国報道によって、力衰えとも認知度は斜め上へ向かう一方だった神崎探偵事務所。
テレビの報道で神崎探偵事務所を知った石川は、其処へ行けば尾行してくる人物について何か分かるかもしれないと考えた。
その後、石川ナツの依頼を引き受ける事になった神埼探偵事務所は二人の人物を追う事になった。
一人は作中でも明らかになった〝横峯悪魔〟その正体は博打組四幹部の一人〝ダイス〟である。石川が数少ない証拠として持つ写真に写っていた小柄の男も、博打組の四幹部の一人である〝トランプ〟であり、その本名は〝谷雅司〟。
神崎探偵事務所に探偵依頼をお願いしてから数週間で、石川は博打組という得体の知れない組織に尾行されていた事が分かった。
「大変だわ神崎。彼らの目的はきっと私が今参加している実験のサンプルデータだと思う」
「ここまで協力してやったんだ。そろそろあんたが参加している実験について教えて貰いたいものだな」
「それは……」
「前にも話をしたが、俺も有馬駅連続殺人事件や博打組について個人的に調べる必要がある。手掛かりになりそうな事は話してくれないとこっちもやり方を考えなければならない。だけどな、それは時間の無駄なんだ。あんたの幼馴染の舞園創だって巻き込まれるまで事態は悪化してるじゃないか」
「分かりました。でもその前に約束してほしい。私が参加している実験は、政府の極秘機関に守られているから成り立っている実験であって他言は致命的だわ」
「状況にもよる。だから絶対に秘密を守る約束は出来ない。場合によっては敵対する事になるかも知れないと考えて良い」
「なるほど。その回答で正解だわ。あなたが本気なのは何となく分かった」
石川奈津から聞かされた実験の内容は、聞けば聞くほど迷宮入りを深刻化させる気持ちの悪い話ばかりだった。簡単に言ってしまえば、母親が所属している裏事情もあってか、石川が最も信頼を寄せる〝クライオニクス〟の実験にただ単純に興味をもって潜り込んだのが始まり。
石川奈津とクライオニクスの間には、個人的に隠された繋がりはない。やはり石川家の血筋による母親の影響が大きい。
数ある中の実験にて、石川は具体的に何を行う実験に参加しているのか。
答えは、ドン釈が計画する〝スリーコード〟別名〝3つの実験〟の1つ〝人造生物製造計画〟という、人工的に造られた生物の生産に向けて開発された生物冷凍保存の応用を求められる実験。鳥、馬、羊、ネズミに始まり、その中でも最も製造が難しいとされる〝人間〟すなわち人造人間を造っている。
実験に参加している最中の石川奈津の傍に置かれた巨大カプセルには、青い液体と茶色い髪の毛と人形のような物が入っていたが、ひょっとするとあれは製造途中の石川クローンかもしれない。
石川は、その人造人間製造のサンプルとして、また、被験者14111―72として実験の成功に向けて実験に参加している。石川自身、クライオニクスという機関が何故そのような実験を繰り返しているのか分かっていない。
クライオニクスサイドからは、未来の科学の為だとか、人類の希望だとか。綺麗なお話を延々聞かされていた。
本編では、クライオニクスが深く絡むと思われる殺人実験ゲームが始まっている。どういう訳か、石川も被験者として新たなステージへ強制参加させられている。
そして現在。
ある人物の声が聞こえる。薄暗い部屋。室内の隅には、鎖に巻かれ縛られて身動きが取れないでいる裸すがたの石川奈津が居る。天井に取り付けられたスピーカー越しから男の声が響き渡る。
「良いか72。クローンは先程から目障りだった舞園や堂島に対して、俺に刃向かえばどうなるのか教えようと見せしめに消滅して貰った。お前のクローンはもうどこにもいない。だがな72。そんな事がもしもドン釈にバレてみろ。奴を敵に回したら俺達は終わりだ」
「俺達。俺達ってなに。あんたと一緒にしないで。良いから早く此処から出しなさい」
「もがき苦しみ耐え忍べ。そのうち有効活用してやるよンフフフ」
「約束と違うじゃない。舞園創を見逃す手筈はどうなってるの!」
「約束なんて破る為にあるもんだ。こういう殺し殺されが続くゲームの中では、守ろうとする者が馬鹿を見る。良い教訓になったな感謝しろ」
「は?」
「洗顔も出来ないからいよいよニキビも増えてきたな。その赤みが痛々しくて見てられないからもう話したくない。じゃあなンフフフ」
「待ちなさい。待ちなさいったら!」
フレームデッドゲームの舞台となる廃校の何処かで釈快晴に監禁されている石川奈津。彼女は生きている。それに対して、監禁された彼女を助けようと戦場へ乗り込んだムチカクの舞園創ら3人。覚悟を決めて釈快晴を襲撃するが、既に返り討ちに遭っている。
この空間にいつから監禁されているのか不明であるが、周囲の様子や彼女の痩せっぷりから見て1日2日ではない事が分かる。息を荒くし、乾いた唇を何度も舐めている。水分不足であろう。トイレも用意されておらず、済ませは悲惨な事になっている。
「お母さん。こんな連中と同じ目的で動いていた貴方を私は許せません。おかげで私の人生も、友達の人生も滅茶苦茶になりました」




