25人目
25人目、苗字を明かさない未来
時を遡る事11年前。当時6歳の未来は活発で明るい性格のムードメーカー的存在であり、世間で〝天才少年〟と呼ばれていた。
彼の両親は共に国内有名の資産家〝ビリオネアリード〟と呼ばれる組織を持つ。
裕福な家庭に恵まれ、何事にも子供のレベルを超えた天才さを発揮する6歳の未来は、ビリオネアリードの将来を子供に託したいと願う未来の両親にとって希望そのもである。
未来には2つ上の兄が居るが、彼には特別な才能はないと両親に評価され、自由に生きていく事を強く勧めていた。
未来の天才っぷりときたらデタラメなもので、特に驚かされた出来事を紹介すると、ふざけ半分で参加した美術コンテストについてのお話。その美術コンテストには小学生までの年齢を対象としたちびっこ美術コンテストになるのだが、とても子供とは思えない画力を発揮して初参加にして軽々優勝してしまう実績がある。
「僕ってお絵かき上手なの?」
他にも地区予選ボーリング大会少年の部にて9割もストライクを出した未来は、初参加にして予選大会にて過去最高スコアを叩き出す。その大会で惜しくも2位に敗れた少年の選手が試合後に泣き出してしまい、それを慰めるために「大技を教えるから特訓しよう」と言い出す未来。
「本当に教えてくれるの?」
「うん。だからもう泣かないでね?」
結果的に地区予選に敗れてしまった少年は、現在も様々なボーリング大会に出場していてプロの道を歩んでいるのだが、子供の頃に未来から教わった投球術を切り札に使って好成績を出す事になる。
そして何といっても未来のすごいところはその運動神経と平行した学力の高さにある。
学力が学年トップの成績であるのは勿論の事、並外れた発想力とその行動力、その他には何といっても彼の周りにはいつも人が集まってくる人を惹き寄せる魅力があった。
時には同じクラスの少年同士の喧嘩を止めに入った際に、片方の玩具を壊したのが原因で2人が喧嘩になった事を知った未来は、その玩具の部品を拾い集めて何をするのかと思えば、ボンドとカラーペンを使って更に高度なロボットを1時間弱で組み立ててしまう。
「じゃじゃじゃーん。君の新しいオモチャの完成だよ!」
時には鉄棒で倒れて泣いてしまっている同じクラスの男の子を慰めるため、自ら鉄棒に立ち、いきなり宙に飛ぶかと思えば空中3回転をして男の子のハートを鷲掴みにして泣き止むようなとんでもない技を繰り出す。
時には疲れた顔をして帰宅した母親を元気づけようと、テストで満点をとった用紙を予め溜め込んでおいたものを全て見せて喜ばせようとする等。
「未来ったら。最近テストの結果を教えてくれないと思ったら。もう!」
「僕がテストで全部丸を貰えれば、お母さんは元気になるんだね!」
とにかく彼、未来は正真正銘の天才少年であり、活発で家族や友達思いの優しい子であった。
そんな未来の成長を見守るのが生きる幸せと感じている両親は、彼の〝未来〟に強い期待をもって愛情深く育てていた。
一方その頃、未来の2つ上の長男〝勇気〟はと言うと……
「何でお父さんもお母さんも僕を見てくれないの。どうしていつも未来ばかり見ているの?」
「お前は自由に生きていけば良い。ビリオネアリードの事なら未来に任せておけ」
「どうして僕じゃぁ駄目なの。だって僕はこのおうちの長男なんだよ?」
少し時間を進める
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とある日
長男の勇気が普段から抱えていた嫉妬心を爆発させてしまう。お母さんの名前を連呼しながら泣き出してしまい、それが止まらずただただ構ってほしくてたまらない様子。
しかしそこへ現れたのは弟である未来。
「未来……」
「どうしたの兄ちゃん。お腹でも痛いの?」
「何でもないよ」
何事かと思い、慌てて駆け付けて来た母親が未来に事情を聞く。しかし……
「未来は関係ないよ。僕の話を聞いてよ!?」
「どういう事なのか説明してくれないかしら、未来」
「えっと……」
「未来じゃなくて勇気の話を聞いてよお母さん!」
「勇気がまた何かやったのね?」
何かあればすぐに未来、未来、未来。勇気が悪い事をしても叱られるのは弟である未来。本来なら長男がしっかりしなくてはいけないところだが、その天才さ故か、未来が勇気の面倒をしっかり見なくてはいけなかった。
あまりにもかけ離れた弟との能力の差。天才少年と評価され続けた未来に対し、未来の長男という枠のせいでいつも他人に比べられては結果的に未来の天才さの踏み台にされてしまう兄、勇気。
2人の少年時代は同じ屋根の下で生活をしていながら、全く違った道を歩んでいるようだ。
平均的な子供に比べると兄である勇気も天才の部類に入るだろうが、隣に未来が居てはそれも引き立たない。何をどうやっても両親に振り向いては貰えず、他人に評価もされないジレンマを抱えながらも必死にもがき続ける勇気。
しかし勇気も子供といえど人の子。人間我慢は3年で限界と聞くが時は6年後まで進める。ついにその怒りが爆発してしまい、未来や両親に対する差別の怒りが恨みへと変化する時が来る。
そして起きてしまった有馬駅での大惨事……
6年後(未来は当時12歳)
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暗闇の有馬駅
午後11時。真っ暗に静まり返った有馬駅に雷雲が襲う、とある日。
雷の光で微かに映るのは大量出血をして倒れている2人と血が付着した刃物を持った少年の姿。
2人の死体の腹部から大量の血が流れているが、2人共意識がある。
「ゆう……き」
「お母さんがいけないんだ。両親に見捨てられた僕の気持ちなんて分からないだろう」
「ゆうき、良いから早く救急車を……呼んでくれ。このままだとじんでじまう」
両親の苦しそうな表情とその出血っぷりを見て思わず微笑んでしまう勇気。
「もう我慢の限界だ。僕はあんたらを殺してあのウチから出て行ってやる。もう許さない」
「や、やめろ!!」
有馬駅に現れた雷雲から雷の光が何度も落ちたある日の暗闇に、両親を刃物で滅多刺しにして殺害してしまった勇気。
これで僕は自由だ、誰にも比べられずに生きていけるんだ。と今まで抱えていた悩みや立場が解放される気持ちになり、殺人を犯した夜なのにも関わらず、自由を手にした喜びを感じている勇気。
「さぁ未来よ。お前の約束された将来は今日をもって全てなくなっちまったぜ。初めて味わう事になる人生の困難。僕はお前に与えられた愛情や差し込まれた光を奪う喜びを胸に生き抜く覚悟が出来たんだ! お前が俺にしてきたように……何もかも奪ってやるぞ。光も未来も過去の思い出さえもな。はーっはっはっはっは!!」
勇気の胸に抱えていた怒りが全て弾けた瞬間であった。
この事件をきっかけに未来の身に多くの困難が立ちはだかる事になる訳だが、その果てで彼が出した結論は……
「勇気を殺す。両親の仇だ」
場面移動
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博打組の幹部達が集う場所
当時、博打組の集い場所として認定された某建物内の会議室にて。薄暗い部屋に立たされる1人の少年と少年を囲う沢山の大人達。
その少年を囲う大人は博打組員の名も無き者達。少年の正面にある豹柄のビッグサイズソファーに足を組んで座っているのは本編に登場して最近正体が判明した〝釈快晴〟である。
「おい小僧。どういうつもりか知らないが此処はお前のようなクソガキの来る所じゃねぇ」
深々と白の帽子を被りながら鋭い目つきで釈を睨んでいる少年は〝未来〟だ。当時の未来は13歳。
「分かったらさっさと帰んな」
「嫌だ」
「んん?」
「アンタらの仲間に入れてくれ。僕には殺さなければならない人間が居る」
釈のサングラスがピカリと光る。そして歯茎が見える程の微笑みを見せる。
「小僧、名前は?」
「未来」
「両親が心配してるんじゃねぇか?」
「父も母も殺された」
「ほぅ。すると他に家族は?」
「たった1人の兄貴を殺したいと思っている」
不気味に微笑む釈が天才少年に魔の手を差し伸べる。
「お前、天才少年未来だな?」
「え?」
「とある人身売買に記された被験者リストにて、お前のプロフィールを見掛けた事がある」
「じんしんばいばい?」
「お前は俺がつい最近購入した被験者である〝勇気〟を殺したく此処に赴いたという訳だ」
未来の右手を強く握り締める釈。そして顔を近づけながら一言、周りに聞こえない位ぼそっと未来に呟く。
「それで良い。殺してみろ」
こうして未来は実の兄である勇気を殺す目的で博打組に入る道を選ぶ。勇気はこの組織の中に居る。見つけ出してやると強く思う日々がしばらく続く。
そして物語本編の半年前に勇気が動き出した。彼は博打組の幹部に昇格したのだ。
勇気の苗字は〝釈〟に変更されていた。釈勇気は現在も博打組幹部として闇に貢献する大きな存在である。それを知った未来はただいま様子見中。
何故なら勇気の今現在の正体といえば……
「兄さん、いやスロット。僕の手でお前を殺せる日が来るのを楽しみにしているよ」




