第四十五話 『 魔獣の巣 』 1/2
魔獣の巣と呼ばれる場所にて
赤紫色の皮膚をした怪物に襲われ、奴を爾来也伊吹が斬撃で倒してから10分経過。アナウンス放送によると9名のプレイヤーは現在〝魔獣の巣〟と呼ばれる場所まで進んでいる事になる。
名前通りに魔獣と呼ぶに相応しい体格をした巨体に先程襲われた訳だが、アナウンスの放送内容に嘘、偽りがないのであるならば……
「敵は一匹ではない」
10分前に起こった前衛の状況を中衛、後衛プレイヤーに細かく伝える夏男が敵は一匹ではないと言い切る。
「さっきのアナウンス聞いたろう。全エリア内の獣を開放するようにと。アナウンスの言葉をそのまま信じれば、この先にもさっきみたいな巨体の獣が暴れ回っているって事になる」
電田龍治が待ったを入れる。
「おい春男、ちょっと落ち着けよ。さっきから獣だの魔獣だの巨人だの訳分かんない事ばかり言ってくれるな」
「何?」
「魔獣なんてこの世の生物を指す呼び方じゃねぇ。さっきのデカブツについて今あれこれ考えたって答えなんて出やしないだろう。これは罠かもしれない」
「どういう意味だデンデン。ついさっき俺達は魔獣に襲われて殺されかけたんだぞ? 奴等を考えずにこの先へ進めって言うのか。またさっきみたいなのが襲いに来るかもしれないって言うのに」
「〝夏男!〟」
初めて春男ではなく夏男と呼んだ電田龍治が目で『他の連中を見てみろ』と合図する。夏男の後ろを走るプレイヤーが不安そうにこちらを見つめていた。
「お前が指揮をとるのであるならば、お前を信じるこいつらを不安な気持ちにさせるな。どうせ考えたって何も判りゃしない。良いか、さっきのデカブツは魔獣でも何でもない。ただの……黒幕サイドの人間だ」
「デンデン」
このタイミングで夏男の前を走る爾来也の走るペースが遅くなっていく。
「どうした爾来也」
「言ってる傍からお出ましだ」
「ん?」
9名のプレイヤーが進む先に待ち受けていたのは2体目の怪物。
「爾来也、いけるか?」
夏男が爾来也に問う。
「任せておけ」
日本刀ソハヤノツルギを腰掛鞘から抜く。
「あたしが援護するわ」
ハンドガンを所持する鎌倉雲人が爾来也の後ろにつく。
先程と同じような見た目をした巨体の怪物がこちらをギロッと見てきた。奴の所有する武器は〝大形鎌〟それを右手で持ちながら右肩に鎌の部分を置き掛けている。一瞬で勝負を決めようと爾来也の走行ペースが加速する。
「行くぞ。 土 愚 呂 巻 鬼――七万乱舞ッ!!」
両足を思い切り床に叩き付けた反動で勢い良くジャンプする。狙いは魔獣の喉元のようだ。だが!
瞬時に反応した怪物がまさかの頭突き攻撃を仕掛ける。怪物の頭部の高さまで飛び跳ねていた爾来也と怪物の頭突きの距離では幾ら剣術があろうと交わしきれない!
「しまった!」
巨人の頭突きが爾来也の全身に大命中。たった今飛び跳ねた爾来也のその高さ5メートル程に対し、怪物の頭突き攻撃によって10メートル以上あるだろう天井にぶつかるまで吹っ飛ばされてしまう。
瞬間ダメージにより右手に持つソハヤノツルギを手放してしまう。
鎌倉雲人がハンドガンで魔獣の頭部を狙う。
落下していく爾来也が鎌倉の方を見て『弾の消費はまだだ』と右手で合図を送るが、彼女の口元から血が溢れ出てきている。上手く着地をしようと両手を床に向けて伸ばした次の瞬間!
「デメェヲ……喰ッデオレガ〝ラグ〟ニナル」
爾来也が着地しようと5メートルまで落下していたところで意味深な台詞を呟いた怪物が右手に持つ大形鎌を振り下ろす。
「ひ、いや!」
〝 カ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ン ! 〟
カァンと何かが衝突する音が聞こえたかと思えば怪物の右手が動きを止めている。あと数十センチ先まで鎌を振り下ろせば爾来也が真っ二つにされていたところだが、一体何が起きたのだ?
「そいつを見逃してくれ。頼む」
ある男が魔獣の前に立つ。
「変わりに俺がお前の相手をしてやるから。頼むよ」
怪物の足元には水の入ったペットボトルが転がっている。どうやらこの男がペットボトルを怪物にぶつけて注意をそらしたみたいだ。
「さぁ俺を殺してみろ!」
怪物を挑発するこの男は……
「おいデンデン!」
「こいつらは俺を片付けてからでも良いだろう」
怪物との体格差3分の1のこの男。怪物に喧嘩を挑むのはプレイヤーの電田龍治であった。
電田の言葉が伝わったのか、怪物が天井に向かって雄叫びをしてから電田を睨み付ける。
「そうだ、そうこなくっちゃな。よっしゃ俺は今来たこの道を真っ直ぐ走るからよ。てめぇは逃げようとしている俺の首を狩りに来い」
電田龍治の一人称が『私』から『俺』に変わっている。
受けて立とうと電田龍治に向かって雄叫びを上げる興奮状態の怪物。この状況は電田が危険過ぎると止めに入ろうとするのは夏男。
「おいデンデン……お前勝手な真似してんじゃねぇよ、なに怪物を挑発してんだ!」
「うるさいちんちくりん。えっと鎌倉さん? すまねぇけど」
「え?」
「〝すみれちゃんを頼んだ〟」
走り去ってしまう電田龍治。それをドシドシと音を立てながら追いかける赤紫色の怪物。
「ちょっと。どうするのよ!?」
鎌倉雲人が夏男にどうすれば良いかを問う。青田向日葵と亀谷妙子は床に倒れて吐血している爾来也伊吹の元へ駆け寄る。そして亀谷妙子が一言。
「当たり前だべ、放っておいちゃいけねぇべさ。あのコックを追い掛けるんだべ!」
「その通り」だと頷く神崎夏男であるが、ここで一人の男が〝勝手な行動〟に出る事になる。
「僕はパスさせて貰うね」
パスさせて貰うと言った男は未来である。
「おい未来、お前」
「龍治君にはきっと何か考えがあるんでしょう。そこへ僕達が入り込んだらその計画が成功しないかもしれない。何と言ってもあんな乱暴な怪物を追い掛けるだなんてリスクが高すぎる」
未来の人任せな考えと冷酷な言動に腹が立った夏男。
「お前……あぁそうかい。しかしどうだ、一人でも人数が多い方が成功する事だってあるだろう。悪いがこんな所で立ち止まる訳にはいかない。すまん青田さん、爾来也を見てやってくれ。鎌倉さんはすみれさんを頼む」
そう言い残して電田と怪物が向かった道へと走り去ってしまう夏男と、彼を追い掛けるのは六条冬姫と亀谷妙子の2名。
立ち尽くしている鎌倉雲人の額に汗が流れ出ている。
「龍治ボーヤったら……どうしてあたしにすみれガールの事を頼んじゃう訳? あたしはどうしたら良いのよ」
足の自由がきかない篠原すみれがその場でしゃがみ込んでしまう。額どころか全身から尋常ではない量の汗をかいている。
「すまないな。みんなのリーダーとして引っ張っていくつもりがこんなくそったれな足手まといになるなんてよ」
「すみれガール」
苦しい表情を見せながら麻痺してしまった自身の〝右足〟の状態を観察する篠原すみれ。
「すみれガール……これって」
「どうなってんだ。何で俺の足にこんな物が刺さってる?」
何故か不自然に篠原すみれの右足に刺さっていたのは小さな針が一本。まさかこれがすみれの足を麻痺させた原因になるのか?
「どういうつもりか知らないが何者かが俺の足に麻痺針を刺しやがった」
「そんな」
「俺の反応を見て、入り口のサイン用紙に書いてあった〝ある人物〟の情報を握っていると悟ったのか、あれから右足だけが思うように動かなくなってしまったんだ。原因がこいつだとしたら……このエスケープルート内に居る人物のダレカの仕業だろう」
一方の爾来也伊吹サイド。
吐血していた爾来也伊吹が立ち上がっている。彼女を心配そうに見つめているのは青田向日葵だ。
「我は平気だ」
「これ地雷さんのでしょ」
爾来也の元へ歩み寄ってきたのは、彼女の宝具であるソハヤノツルギを持った未来。
「御主……わざわざ拾ってくれたのか。かたじけない」
「良いよ。それよりさっきモロに怪獣の頭突きを喰らってたけど平気なのかい?」
「何のこれしきの怪我等問題ない。それより言動は貴殿の先程の問題ありだぞ少々」
「まーた馬鹿っぽい喋り方に戻ってるねー。何それ集中が切れると戻ってしまう仕様なのかな?」
「この無礼者め……しかし今は貴様の相手をしている場合ではない」
「ん?」
吐血しながらフラフラと足元が覚束ない状態でありながらも何処かへ向かおうととしている爾来也伊吹。まさか怪物を追いに電田の逃走した道へ行こうとしているのか?
「何処へ行くの?」
「あ子面等を助けねば」
「え、ちょっと待ってよ」
「我は貴殿のように頭が切れる部類の人間ではないのでな。この状況、同志が危険な目に遭っているのに黙って見過ごす訳にはいかぬ」
未来と青田向日葵が「無茶をしてはいけない」と彼女を止めようと説得をするが、ソハヤノツルギを片手に歩みを止めない爾来也伊吹。とそこへ提案を出してきたのはオカマ警察で有名な鎌倉雲人。
「ちょっと待ちなさい爾来也ガール。あんたがこの先へ進んだら此処に居る連中はどうするのよ。〝デカ親父〟から受けたダメージが思ったよりも軽いようでさっそくで悪いけど、戦闘ではあんたしか頼れる人材が居ないのが現実なの。電田ボーイと彼を追いかけた連中の事はあたしに任せて此処のみんなをお願い出来ないかしら」
「鎌倉殿」
「亀谷ガールが弾の入った拳銃を所持しているけど一発だけじゃ心細いわ。お願い、みんなをお願い」
「しかし!」
「あたしは電田ボーイにすみれガールの事を頼まれてるの。今度はあたしがあなたにすみれガールを託したい。お願いあたしに行かせて」
ハンドガンを右手に持った鎌倉雲人の表情は真剣。そこから10秒程の沈黙の後に互いが約束を交わす。
「鎌倉殿、これを持って行け」
そう言って鎌倉雲人に手渡した物は、先程電田が怪物に投げ飛ばした水の入ったペットボトルだ。
「必ず無事に帰って来ると約束してくれ」
爾来也の約束を守ると誓い、一回頷いてから笑顔でその場を後にする鎌倉雲人は、逃亡する電田龍治と彼を追い掛ける怪物、その2人を追い掛ける神崎夏男と亀谷妙子、六条冬姫の進んだ道へと走り去る。走行中で独り言を呟く鎌倉雲人。
「どいつもこいつも無茶な真似しちゃって、こんな所でくたばったりでもしてたら許さないわよ!」
バラバラに散ってしまう9人のプレイヤー! 2/2へつづく →




