第四十四話 『 ばかじゃない 』
ブラックルームにて
時刻は13時半過ぎ。エスケープルームの地下にある第3の脱出手段〝脱出ルート〟を攻略しようと立ち上がったのは裁判枠の同盟を組んでいる9名のプレイヤー。
しかしどういう訳だろうか。脱出ルート内でまさかの侵入者扱いをされてしまう9名。更には謎の道化仮面2人組に襲われてしまう事態。何が何だか分からぬまま、入り口を閉ざされたこの状況下では先へ続く道を進む他に手段はない。
出会って1日足らずのメンバーらではあるが、同じ境遇に立たされているからであろう、それぞれが協力しようとする姿勢が見受けられる。
そしてプレイヤーらは脱出ルート内にある一室〝ブラックルーム〟へと足を運ぶ。室内には武器や食料等が用意されているが、私物化するには黒幕サイドが一方的に決定した〝アイテム所持制限〟という縛りを与える。
9名は室内で10分程の作戦会議をしてから所持アイテムを決定し、アイテムポイントを消費する。プレイヤーらの所持アイテムは以下の通り。
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神埼夏男
500mlミネラルウォーター(5本)
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六条冬姫
パン(5個)
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篠原すみれ
ハンドガンの弾(1弾)
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亀谷妙子
ハンドガン(弾なし)
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未来
モンスタークレジットカード(1枚)
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爾来也伊吹
パン(5個)
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鎌倉雲人
ハンドガン(弾なし)
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電田龍治
マスターキー(1つ)
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青田向日葵
ハンドガンの弾(1弾)
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全員がポイントを消費してアイテムを手に入れる。此処にある全ての武器と食料を強制的に奪って逃亡する作戦も考えたが、ここでルール違反は危険が増すだけだろうと結論が出る。この部屋の存在は覚えておこう、何かあった時はルール違反をしてでも此処の武器や食料を使う事を頭の隅に入れておく。最終手段という事だ。
ミネラルウォーターが人数分に足りていないので1本を二人の所持アイテムとする。ハンドガンを所持する人物は2人で「どうしても」と言って聞かない亀谷妙子と、警官として銃撃の腕には自信があるとの話で鎌倉雲人に決定した。
青田向日葵は鎌倉雲人に1弾渡し、篠原すみれは亀谷妙子に1弾渡す。パンは全部で10個なので一人1個と余った分のかけらを9人で分ける。
ピンチになった時の切り札になりそうなモンスタークレジットカードを未来に託し、重要アイテムかと思われるマスターキーを電田龍治に任せる。
この状況下なのにも関わらず、なかなかのチームワークで所持アイテムの分配を決める事が出来た。
篠原すみれが亀谷妙子に対して。
「だべ子、お前本当に大丈夫なのか?」
じっとハンドガンを見つめる亀谷妙子、ぼそっと呟く。
「これが本物のパンパン……」
「だべ子?」
「ウチに任せてくんろ。シノから貰っだ弾は無駄にしないべさ」
不思議そうに亀谷妙子を見つめる篠原すみれ。亀谷の予想外な積極ぶりに戸惑っているといったところか。ハンドガンを強く握り締める亀谷の表情は険しい。
「だべ子、お前まさか変な事考えてるんじゃないだろうな?」
「安心してげろ。それよりシノは自分の身体に気を配るべさ」
一方鎌倉雲人と神埼夏男の会話は。
「弾は一発。ミスは許されないわね。肝心なのはこの銃に弾がセットされているという事。これだけで何も発砲しなくとも脅しの道具に使えるわ」
「ああ、なるべく弾の消費は抑えたいものだ。何せ2発しかストックがないからな。頼んだよ鎌倉さん」
「マーカマせて頂戴★」
一方未来と青田向日葵の会話。
「君とは何処かで会った事でもあるのかな?」
「え?」
「さっきから僕をジロジロ見てるでしょ……何か用?」
「え、いや、あの、その」
「用もないならわりとその視線気持ち悪いから以後気を付けてね」
「き、気持ち悪い……」
「おい無礼者!」
後ろで誰かに無礼者と言われる未来。その人物は爾来也伊吹。
「我を散々しておいて馬鹿に、飽き足らずにちょっかいかけてるのか他の女に!」
「うわぉ、馬鹿が乱入してきたね青田さん」
「貴様! まだ懲りずに我を馬鹿呼ばわりする気か!」
チームワークが良いのか悪いのか分からなくなるシーンではあるが、何だかんだ協力し合っているようで。それにしても、この中で誰が問題人物なのか目立ってきている。
ブラックルームを後にしたプレイヤー達は、先へと続くルートを進むべく決められた順に並ぶ。ブラックルーム内の10分間では、所持アイテムの他に戦闘序列についても話し合っていた。
脱出ルートは恐らく一本道が続く。重なってプレイヤーらが進んでいるより効率が良いという意見を取り入れ、以下の戦闘序列が決定された。
前衛組(戦闘態勢)
1 爾来也伊吹 (日本刀)
2 鎌倉雲人 (ハンドガン残弾1)
3 神崎夏男
中衛 (篠原すみれをフォロー)
1電田龍治 (マスターキー)
2篠原すみれ
3六条冬姫
後衛(全サポート)
1未来 (モンスタークレジットカード)
2青田向日葵
3亀谷妙子 (ハンドガン残弾1)
前衛の指揮を立候補したのは神崎夏男。
「この先にさっきのピエロ野郎の仲間が潜んでいるかもしれない。気を引き締めていこう!」
今回はリーダーの篠原ではなく夏男がまとめ、みんなで掛け声を掛ける。
前衛の3人から走り始める。
その道中にて神崎夏男は、頭の中で脱出ルートについて状況整理をしていた。
「…………」
後方はハンドガンを所持している亀谷に任せて良いと思うが、問題は中だな。すみれさんは一体どうしちまったんだ? ブラックルームでサインについて聞いてみたが何も答えてくれなかったし。この先に居るであろう2人のプレイヤーを恐れているのか? 隙があったらもう一度聞いてみよう。それにしても……
「なぁ鎌倉さん」
「ん?」
「ブラックルームのアイテム一覧に在庫が無い物があったよな?」
「あぁ……特等席の事かしらね」
「うん。普通に考えたらこの先に居る2人のどちらかがそれを手に入れたって事になるよな」
「そうでしょうね、どんな効果があるか分からないけれどね。地図にはそれらしい場所は描かれていないようだし、何となく妙な胸騒ぎがするわ」
「だよな。やっぱりおかしいよな。何でわざわざ訳の分からないアイテムを真っ先に手に入れたのか不思議でしょうがないんだ。恐らくだが、手に入れた人物は特等席の効果を知っていた人物なんじゃないかな」
「なるほどね。となると黒幕サイドの人間が濃厚かしら。今決め付けるには早いかもしれないけれど、すみれガールのあの怯えようから見てもちょっとヤバイ感が否めない」
「無理にでもすみれさんから話を聞くべきかな?」
「まぁもう少し様子を見ましょうよ。あたしの勘が正しければ……そろそろ相手の方から尻尾を出してくるでしょう」
「ん?」
走り続ける事3分が経過した頃。先の道が床の色が黒から赤色に変わるのと同時に〝ピッ〟とセンサーのような音が聞こえた。
『標的9名はブラックルームを抜け、〝魔獣の巣〟に侵入。標的9名は魔獣の巣に侵入。担当の者は全エリア内の〝獣〟を開放しなさい。繰り返します。標的9名は魔獣の巣に侵入。担当の者は……』
物騒な命令を出した女アナウンスを聞きながら走り続ける9人のプレイヤー。これから何を始めようと言うのだ!?
赤い床を走り続ける事1分程。此処で初めて足を止める前衛の3人。
「分かれ道……」
「どうしましょう」
右に続く道は真っ直ぐに続いている。左の道は奥に曲がり角が見える道。
「後ろの連中を待とう」
夏男が2人に待機しようと提案した次の瞬間!?
「ねぇちょっと、あれは何よ!?」
鎌倉が慌てた様子で真っ直ぐ続く右の道を指差す。
「え」
「ん?」
夏男と爾来也も見てみる……
「な、なんだあいつ!?」
赤 い 怪 物 が こ ち ら を 見 て 立 っ て い る 。
2メートル以上ある身長に筋肉が異常発達している人間、人間? 赤紫色の皮膚をした丸坊主の獣のような生き物が息を荒らしながら、巨大なこん棒を右手に歩いてこちらに向かって来ている。その距離は約150メートル程。
「何だあいつ。プレイヤーか?」
「我に任せろ」
爾来也が巨大な生き物が居る道を一人で歩き出す。
「おい爾来也! 様子がおかしい。此処は逃げた方が良い!」
「仲間かもしれないだろう。先程のピエロ仮面には殺意があったが奴にはそれが感じられない。安心しろ」
夏男の意見を無視して歩きを続ける爾来也。
巨大な生き物は、爾来也が近づいてくるにつれ息荒れが酷くなってきている。
何かを察知したのか道中で「逃げろ」と命令する爾来也。と同時に殺意が芽生えた巨大なその生物が猛スピードでこちらに向かって走り出した。
「おい爾来也、止まれ!」
ここは我が止めると言って巨大生物に立ち向かう爾来也。夏男が必死に爾来也を説得しようと言葉を投げるが聞く耳を持たない。
腰にぶら下げてある鞘から日本刀ソハヤノツルギを抜く。相手は赤紫色の皮膚をした殺意に満ちた巨大生物。こん棒を振り回して猛突進して来た!
「爾来也ガールったら無茶しないでくれる!?」
ハンドガンを構える鎌倉雲人。
爾来也伊吹と巨大生物のその距離50メートル。
2人の体格差が違いすぎる余り、爾来也に勝算がないだろうと判断した夏男は慌てて鎌倉に撃てと命令する。
「撃覇羽華……いあい」
走ったまま斬撃を放つ構えを整える爾来也。怪物に衝突しようとしたその時!
怪物が空中に飛ぶ、その高さ10メートル。その高さから落下してこん棒を思い切り振り落とすのと同時に、爾来也の必殺技が炸裂する。
「デス・ゴンボウ4210ピコ!」
「義 理 八 万 乱 舞!」
怪物の衝撃波と爾来也の斬撃が衝突する。
その衝撃の強さ余りに傍にいた鎌倉と夏男が吹き飛ばされてしまう。
一瞬にして怪物の所持するこん棒が真っ二つに割れ、その数秒後にはこん棒全体がバラバラに砕ける。自分の武器が粉々になった事態に驚いた怪物は呆気にとられてしまい、着地に失敗して顔面から床に落ちた。その巨体故に地震でもあったかのような程に地が揺れる。
「爾来也、今のうちに早くこっちに来い!」
夏男の呼びかけに待ったと返事する爾来也。
「何だこの怪獣は。トドメをささなくては」
顔面が床に減り込んでいる怪物の前に立つ爾来也がソハヤノツルギを怪物に向ける。
とその時、動かなかくなった怪物が勢い良く立ち上がろうと……
「 羽 華 邪 無 ! 」
隙を与える前に斬撃技〝羽華邪無〟を発動し、怪物の喉元を切り裂いてみせる爾来也。
怪物の喉元が引き裂かれ、大量の血が放出。
身体の力が一気に抜けて意識を失って倒れる怪物。それにしても、常人には目で追う事が不可能な最後の一撃瞬殺……爾来也伊吹は何という反射神経と剣技をしているのであろうか。
このタイミングで中衛が分かれ道に立つ夏男らの元へ到着。
「おい〝春男〟こいつは何事だ!?」
電田が夏男に問う。
他のプレイヤーらは日本刀を鞘に収める爾来也と、彼女の近くに血を流して倒れている怪物を確認し、非現実なその光景を見ているしかなかった。
赤紫色の皮膚をしたこの怪物は一体何なんだろうか。普通の人間でない事は間違いない。その答えが分かった時、プレイヤーらはただただ恐怖をするであろう。
とにかく今は立ち止まっている場合ではない。後衛と合流したプレイヤーらは、序列はそのままでプレイヤー同士が離れないよう作戦を練り直してから左の道へと進む。
道中では手短に爾来也と夏男が先程起こった出来事を全プレイヤーに説明した。
再度アナウンスが流れる。どうやら黒幕サイドは参加プレイヤーらに休む間を与えない方針のようだ。
『標的9名はブラックルームを抜け〝魔獣の巣〟に侵入。標的9名は魔獣の巣に侵入。担当の者は全エリア内の〝獣〟を開放しなさい。繰り返します。標的9名は魔獣の巣に侵入。担当の者は全エリア内の〝獣〟を開放しなさい」
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こちら同建物内・特等席付近
一人の小柄な男が〝特等席〟がある一室に向かって歩いている。男の様子はどこか怯えているよう。その表情が険しい……というか泣いてる?
この男は博打組の四幹部の一人〝トランプ〟その本名は〝谷雅司〟だ。
谷雅司が涙を流しながら特等席と呼ばれる部屋の前で足を止める。
しばらく室内に入る事をせず、涙の原因であろう考え事をしていた。そして何かを決意した表情に変化してから入り口ドアをノックする。
〝コンコン〟
「誰だ?」
「ゲーム進行中に失礼しやす……トランプです」
「入れ」
「失礼しやす……」
谷雅司が特等席に入室した。
「旦那、えっとディーラーの旦那」
ディーラーと呼ばれる人物の顔がよく見えない。室内の電気は点いているのだが、ディーラー側に明かりが照らされていない。うっすらと姿・形が見えるため、室内に居た人物が椅子に座っているのは分かる。
※彼が本物のディーラーであるならば、通話の音声以外の生登場は今回が初になるのだが……
「思ったより早かったじゃないか。既に〝俺〟に殺される覚悟があるか」
ディーラーの右腕が動き出す。トランプの視界に入る拳銃を持ったディーラーの右腕。
「待ってくれ、撃だないでぐれェ!」
話を聞いてくれないと悟ったトランプは、恐怖の余り室内から逃げ出そうと入り口へ引き返す。
〝 パ ァ ァ ァ ァ ァ ン 〟
銃声が室内に響き渡り、暗闇に隠れたディーラーの口元に電気の明かりが照らされ、不気味な笑みを見せる。
仲間に引き金を引いた!?
※後書き・ヒント
ディーラーと呼ばれる人物は博打組四幹部を束ねる組織のボスになります。実は前作今作どちらにも何度か登場しているにも関わらず、生登場は一度もありません。奴が夏男らプレイヤーと同じ建物内に居るのだとしたら……




